Blood of Devil -0.5-
月が燃えるように赤々と輝いている夜だった。
シキはいつものように獲物を求め、刀を片手に路地を歩いていた。
気配や足音を消すことはしない。
王である彼は、闇討ちのような手段を行うことはない。
正面から敵をその強さで持って蹂躙することこそが、彼が王たる所以なのだ。
カツン、カツン、
高慢なまでの自信を示す足音に、弱きものは逃げまどい、僅かでも己が力を誇るものは向かってくる。
その有象無象の区別もなく、シキは自分の歩く先にいるものを斬り捨てる。
「雑魚が」
何の感慨もなく積み上がった屍を踏みしめ、刀を振るい鞘に納めた。
どれもこれもシキからすれば下らぬものだ。
ラインを摂取した人間であっても、彼の前では容易く息絶える。
こんなものではない。
シキが求めているのは、自分に屈辱を味わわせた男を殺すための強さであり、自分を高めるために踏み台となる価値のある強者である。
一太刀で血に伏せるような弱者など意味がない。
シキは黒いコートを翻し、寝床へ戻ろうと足を踏み出す。
カツン、カツン、カツン、
コンクリートを叩く音が路地に鳴り響く。
不意にシキは振り返った。
路地にはいくつもの細い道がある。
人が一人通り抜けられる程度のそこを、普段のシキならば気に掛けることなどない。
だが今夜の月が、彼に気まぐれを起こさせた。
大通りに面した細い小道をシキは歩く。
道の奥に佇む『それ』を見た瞬間、彼は戦慄した。
――なんだ『これ』は!
『それ』は人の姿をしていた。
銀の髪にアイスブルーの瞳、青いコートを纏った女のように見えた。
だがシキの本能が警報を鳴らす。
振り向いた『それ』と視線が合ったと認識するよりも速く、シキは刀を振るっていた。
「ハッ」
鋭い呼吸と共に女の姿をしたナニカへと刃が肉薄する。
だが振り下ろした刀は本来の役目を果たすことなく空を斬った。
人間離れした動きというものをシキは今まで幾度も見てきた。
それは処刑人であったり、ライン使用者であったりする。
それら以上に、シキが捜している男の動きは人間離れしていた。
目の前で刀を避け続けるナニカのように。
「貴様ッ……!」
反撃がないことが何よりも屈辱だった。
相手は刀を持っているというのに抜く気配すらない。
抜く必要さえない相手だと侮られているのだろうか。
たとえ相手が人間でないとしても、この手で殺してみせる。
それがシキという人間の支柱となる矜持である。
故に彼は怒りに任せ刀を振るった。
相手が何者だろうと関係ない。
立ち塞がるものは斬るのみ。
その精神こそ、彼を孤高の王たらしめるものなのだ。