スタイリッシュ座談会 〜初代と若の場合〜

スラム街の暗い路地裏の奥にひっそりとバーが店を構えていた。
店内はそう広さもなくこじんまりとしていて、十人も入れるかどうかといったところだ。
店員はいたって無口な男が一人、客の注文に合わせて腕を振るう。
立地条件も悪く看板も出ていないその店は、それでも店員の腕が良いせいか、客足が全くないという日はない。
その日も、カウンターでまだ二十歳にも満たない男がジントニックを煽っていた。
時折古い木の扉と時計を見比べては、不機嫌そうにグラスを進めている。
不意にギィと軋んだ音を立てて扉が開いた。
少し長い銀髪、黒いシャツに赤いコート、現れた男はカウンターに座る男を見て破顔した。
「悪いな、遅くなって!」
隣に座って謝罪を述べながら自分の酒を注文する男の頭に銃口が向けられる。
「自分で呼び出しておいて遅刻はねーんじゃねー?」
「だから悪かったって」
不機嫌そうな言葉も全く悪びれない声でいなされてしまう。
チッと舌打ちをしながら拳銃はしまわれる。
男たちは二人並んでいると、兄弟のようによく似ていた。
というのも彼らは次元の違う同一人物ということらしいのだ。
らしいというのは本人達も何故次元が繋がってしまったのかわからないからだ。
他にも何人か違う次元の自分たちがいる。
「で、何なんだよ、相談したいことっていうのは」
若い男がそもそも待たされることになった原因を問う。
自分よりも少し年を取った自分に呼び出されてから待たされること三十分、さっさと用事を済ませて帰りたいと思ってしまう彼に罪はない。
「いや、姉貴のことなんだが」
二人とも双子の姉がいるのだが、実は姉の進んだ道が大きく異なる。
若い彼の姉は弟と一緒に事務所を経営し、最近養子を迎えた際にごだごだはあったものの、現在は仲睦まじく三人で暮らしている。
一方少し年上の彼の姉は、テメンニグルを立て、魔界に落ち、さらに魔帝ムンドゥスの手下になってしまったという過去を持つ。
『ネロ・アンジェラ』として対峙した際に、どうにか正気に戻して連れ帰ったらしい。
しかも彼らの間には養子ではなく実子が存在するというのだから恐れ入る。
「んだよ、なんか怒らせるようなことでもしたのか?」
からかうつもりの若い彼に、年上の彼は黙って小さなメモを差し出した。
受け取ってみると、明らかに姉の筆跡で一行だけ記されている。
『すまない、私は愛に生きる』
若い彼はそっと目を逸らした。
「……ネロとケルベロスと、ベオウルフもいないんだ」
息子は兎も角、魔具については動物好きの姉らしいチョイスである。
「……今日は飲むか」
若い彼の戸惑いながらの言葉に、年上の彼は涙目で頷いた。



後日、マレット島でシャドウたちと戯れる双子の姉を発見したと、連絡が来た。
若い彼はシャドウが猫型の悪魔だと聞いて大いに納得したらしい。



IF ver.1『再会。』NGシーン集

Take.1


「……来たか」
振り返った彼女の視界に入ったのは、打ちひしがれる弟の姿だった。
雨も降って冷たいだろうに、硬い石の床に手足を着いて項垂れている。
どう声を掛けたらいいものか、むしろ声を掛けるべきなのかと珍しく本気でうろたえている姉に反応することができないほど、ダンテは精神的に打ちのめされていた。
背中に降り注ぐ雨がより侘しさを演出している。
「えっと、あのー、ダンテェイ?」
名前を呼ばれて即座に反応し頭を上げたのはよかったのだが、姉の姿を見て、やはりがっくりと項垂れた。
何が悪かったのか、自分の姿に問題でもあったのかと彼女は思わず全身を見まわすが、特におかしなところは見受けられない。
これで悪いところが顔とか最愛の弟に言われたら立ち直れない。
少し泣きそうな気分の彼女の元に小さな声が届く。
雨音に掻き消されそうなほどの大きさのそれは、確かに目の前の弟から聞こえるものだ。
よくよく耳を澄ませてみると「騙された」「あのクソハゲが」「次に会ったらケツの穴増やしてやる」などと中々に物騒な言葉がつらつらと流れてくる。
「ハゲって、アーカムのことか?」
「そうだよ! アンタが俺に招待状寄越した時のあのハゲオヤジだ!」
「そ、そうか……」
がばりと勢いよく反応した弟に若干引きつつも頷く。
実は招待したのは自分ではなくそのハゲなのだが、とは流石に空気を読んで言わなかった。
ダンテは脱力感を怒りに変えて熱弁する。
「ここに来れば姉貴が太腿剥き出しのショートパンツ姿で待ってるって言われたからこっちは必死こいて来たんだぞ!? なのに当のアンタはいつも通りそんなガードばっか硬くてサービス精神の欠片もない恰好で待ってるしよ!! 『あの露出度の極端に低い姉貴が!? マジで!!?』って期待してここまで来た俺の絶望がわかるか!!?」
いや、わかりたくもない、とはやはり空気を読んで言わなかったものの、じゃあどうすればいいんだ、むしろお前は私に何を求めているんだと、つっこみたくなった彼女は間違っていないはずだ。
間違えたのは遣いの人選とか弟の育て方とかだ。
自分でアミュレット取りに行けばよかったなぁと黄昏る彼女の前で弟はつっぷしたまま嘆いている。
どこまでもカオスな双子の再会を、満ちた月だけが静かに見下ろしていた。



Take.2


「……来たか」
振り返った彼女の視界に入ったのは、天を仰ぎガッツポーズを決める弟の姿だった。
何かヤバい薬でもキメてるんじゃないだろうかと心配になるぐらいテンションが高い。
「…………っしゃー!! よくやった俺!! 超頑張った俺!!」
どう見ても危ない人だ。
実の弟じゃなかったら無視したい。
実の弟でも無視したい。
だが目的はダンテの胸にあるアミュレットなので、スルーすることは残念ながら許されないのだ。
ダンテのテンションが鰻登りに上がって行くに連れて彼女のテンションは急降下して行く。
どうしようこの馬鹿相手にしたくない。
姉の忌憚ない正直な気持ちである。
まだネヴァンを入手していないのに一人ライブを決行しそうな弟を心持ち離れて見物するが、一向に収まる気配を見せない。
駄目だコイツ、早くなんとかしないと。
腹を括って話しかけようと動いた彼女を、ダンテの鋭い視線が射抜く。
思わず閻魔刀を構えるが、動く気配のないダンテに首を傾げる。
よくよく見れば彼の視線はすらりと伸びた白い素足に向かっていた。
前回のぐだぐだを踏まえ、今回は事態が円滑に進むよう少し衣装を換えてきたのだ。
ピンヒールのレザーブーツと上半身はそのまま、パンツだけが膝丈のタイトスカートに変わっている。
ちなみにこの衣装、アーカムが用意したものである。
何処から出したのか、また何故持っているのかは、色々な意味で怖くて聞けなかった。
サイズがピッタリだったことも更に恐怖を煽ったことを追記しておく。
「姉貴はアミュレットが欲しいんだよな?」
「ん? あ、……あぁ」
行き成り話がシリアスに戻ったので対応が遅れたが、とりあえず頷く。
ダンテは目を脚――主にスカートのスリット辺りに集中させたまま力強く宣言した。
「これはやるから、代わりにその格好のまま踏んでくれ!」
彼女が弟の育て方を完全に間違えたと悟った瞬間だった。



Take.3


ぽつりぽつりと雨が降る中をダンテが階段を駆け上る。
開けた場所――恐らくは塔の頂上だろう――にいたのは一年ぶりに会う双子の姉だった。
ダンテは声を掛けようと口を開いて、そのまま固まる。
確かにそこに立っていたのは姉だったが、予想していた姿とは大幅に違った。
こう、臨戦態勢で待っているものとばかり思っていたダンテの目には、濃い青地にデフォルメされた白い猫とその足跡がプリントされた、シンプルながらも可愛らしい傘が映っていた。
よくよく注意して見れば、足元もいつものレザーのピンヒールブーツではなく、長靴のようだ。
左手には閻魔刀を携えているものの、右手にはしっかりと傘の柄を握り、さらには肘に水筒の紐まで掛かっている。
「今夜は月が綺麗だ」
未だ背後のダンテに気づいていないのか、間近にある満月を眺めながら水筒の中身をちびちびと煽る。
彼女は下戸なので中身は紅茶辺りだろう。
完全に月見の体勢に入っている。
え、俺この姉貴と戦うの?
戦闘意欲がみるみる殺がれてゆくダンテである。
代わりに愛しさとか胸キュンゲージが上がっているような気がしなくもない。
だって猫柄の傘とか!
普段はクールなくせに可愛いものをこよなく愛しているお姉様を、これ以上ないくらいに愛しているダンテである。
きゅっきゅと水筒の蓋を閉めて彼女が振り返った。
と同時にダンテと目が合う。
途端に沈黙。
ダンテを見て硬直した姉につられるように、ダンテも動きを止めて見つめる。
結果、見つめあったまま時間が流れた。
事態を理解したらしい姉が、数秒後に沸騰した。
ものの見事に耳の先まで真っ赤に染まったのである。
慌てて傘を閉じ、長靴をブーツに履き替え、水筒その他もろもろを紙袋に突っ込む。
「アーカム!」
名前を呼ばれてひょこりと現れた男に紙袋を投げつけて(かなり重い音がして男は倒れた)彼女は咳払いをした。
そしてくるりとダンテに背を向けると、少し俯いてからゆっくりと振り返る。
「……来たか」
「えっ、そっから仕切り直し!?」
全部なかったことにして話を進めようとする姉に思わずつっこんでしまったダンテであった。



Take.4


ぽつりぽつりと雨が降る中をダンテが階段を駆け上る。
開けた場所――恐らくは塔の頂上だろう――にいたのは一年ぶりに会う双子の姉だった。
となるはずなのだが、生憎そこには誰もいなかった。
「は? あれ? 姉貴は?」
見回しても誰もいない。
伝言か何かないか探してみるものの、それすら見当たらない。
どうすべきか、目的の人物がいなければここまで来た意味がないではないか。
ついでに倒壊した事務所の修理費も誰に請求したらよいのやらとダンテは顔を顰める。
不意に奥の方でガタガタと争う音が聞こえて、やることがなくなってしまったダンテはそちらに足を進めてみた。
「――だからっ、貴様が―――だろうっ!?」
「何を言っても――、君は――なのだから――義務が」
「そんなこと私が知るか!」
言い争っているのは実の姉と招待状を置きに来た男らしい。
仲間割れかと中を覗くと、帰ろうとする姉の脚にしっかりとしがみついている男がいた。
気づいた時にはダンテはエボニーとアイボリーを男に向けて連射していた。
姉にちょっかいを出す男を沈めるのは、もはや脊髄反射の域である。
驚いて飛びのいた男にダンテが思わず舌打ちをする。
死ねばいいのに。
一々本気なのが彼の恐ろしいところである。
「……っダンテか!」
はっと麗しい顔を向けた姉にダンテはにやりと笑む。
彼女はつかつかと淀みない足取りでダンテの目の前まで来ると、ガシッとその肩を掴んだ。
「いいかダンテよく聞け。実は母の仇である魔帝ムンドゥスがもうすぐ復活しようとしているのでちょっと魔界に行って来ようと思ったのだが、私は息子が心配なので帰ることにした。お前もスパーダの子だ、ムンドゥスくらい魔界へ行ってさくっと倒してきてくれるな? ん? 倒壊した事務所と、ついでにバーやピザのツケは私がなんとかしておいてやるからな。あ、ついでに言っておくと、息子というのはお前との間に出来て私が腹を痛めて産んだ子だ。他の男の子供ではないかと疑った暁には、お前の股間にぶら下がっているブツを一切遠慮容赦なく踏みつぶすのでそのつもりで発言しろ。よし、質問はないな、あったらそのハゲに聞け。では、またお前が無事に帰ったらな」
つらつらと爆弾発言を交えながらもダンテに驚く隙を与えず、彼女は言い切った。
混乱している弟の手に、首に掛けていたアミュレットを押し付けさっさと去って行く。
「えっ、えっ?」
手の中のアミュレットと姉の後ろ姿を交互に見比べて、ダンテは肩を落とした。
「わけわかんねぇ……」
事態に置いて行かれた哀れな男の呟きが響いた。