IF ver.1『姉弟共闘』カットシーン集

シーン1


カツン、カツンと石の床を一定の間隔で叩く音が響く。
冷えた瞳の女は周りを見回しながらも歩き続ける。
「ふむ、どうやら……」
鋭いヒールが床を踏みにじる。
手に持った刀に彼女は話しかけた。
傍から見れば気が違ったかのような行為であるが、答えるモノの存在を彼女は知っている。
「迷った、ようだな」
『……そのようで』
声が脳内に響く。
閻魔刀との会話は鼓膜を通すのではなく、持ち主の頭に直接語りかけることで成立するのだ。
他に誰もいない空間だからこそ、彼女は自分の口を動かす。
脳内で会話することも可能だが、口に出した方が気分的にはいい。
「やはりあそこで裏側に回ったのがよくなかったらしいな」
目の前に現れた鏡のような扉に、飛び込むべきとわかっていたのに、思わず違う道を選んでしまったのだ。
ちょっとした好奇心と反抗心のなせる業である。
精神年齢は軽く40を超えても、冒険を恐れてはいけないという考えの下、ついやらかしてしまった感がひしひしとする。
一年ぶりの弟との再会に、少し調子に乗ってしまったかもしれない。
冷静キャラはどこいった。
「これは、さっきの場所に戻るべきか?」
それともいっそ先に突き進んでみるかと、彼女は首を傾げる。
少なくとも元いた場所に戻れば道がまだ残っているはずだが、それでは面白くない。
道は切り開くものだ。
迷路は壁を破壊して進むものだ。
どうやら冷静さはまだ帰って来ないらしい。
『御心のままに』
主第一の刀は何処までも主人に忠実だった。
カツンと、音が止む。
彼女は閻魔刀の先を床に置いて、柄の上に両手を重ねて顎を乗せた。
閻魔刀はそれなりの長さはあるものの、成人女性の身長ほどあるわけもなく、彼女はかなり腰を折り曲げている。
「うーむ」
真剣に悩んでいる主に、杖代わりに体重をかけられている閻魔刀は静かに答えを待った。
彼女は口をへの字に曲げ、顔をしかめながら考えている。
ふざけたポーズではあったが、脳内はめぐるましく稼働していた。
数分だったか数十分だったかは定かでないが、やがて彼女は真っ直ぐに歩き始める。
それまで歩いていた道を、そのまま変わらず真っ直ぐに。
『……戻らないので?』
「かまわない。どうせ少し遅れても結果は変わらんさ」
『御意に』
道なき道を一人と一本は進んでゆく。



シーン2


適当に道を進んで行った結果、何故か妙に高い場所に出た。
小高い崖の様になっているそこで、取り敢えず彼女は座り込む。
何せこの空間に入った途端、後ろに壁が出来てしまったのだ。
進むか待つかしか選択肢はない。
下は広い空間のようで、その先には出入り口が見える。
『此処は……』
「なんだか嫌な予感がするな」
まるで見ようとしたサスペンス映画の犯人を先に知ってしまったような感覚が彼女の中を駆け巡る。
今すぐ外に出たいが入口は塞がれ、出口は下の空間にある。
何故だか、まだ下に行ってはいけないような気がする。
『出番食うの禁止!』と誰かの声が聞こえてくるのは気のせいだろうか。
暇を持て余した彼女は周りを観察する。
床は一面まるで水浸しのように見えるが、実際の所はどうなのだろう。
少なくとも飛び降りた先が深いプールでしたというオチは止めてほしい。
どこのコントだ。
服が濡れるのは困るので、誰かが入って来るのを待つことに決めた。
その誰かが沈んだら違う道を探して、沈まなかったら降りることにしよう。
この場合の誰かとは主にダンテのことを指す。
大丈夫、お前ならきっと水の中でも戦えるさ。
それは十年程後の弟であって、現時点では水中ステージも水中専用武器もない。
かなりの無茶振りである。
「よし、今の内に」
そう言いつつ彼女が取りだしたのは水筒とお弁当箱だった。
どこから出したのかなどと聞いてはいけない、女性には秘密が沢山あるのだ。
夜食にと詰められたお手製サンドイッチを摘みながら、温かい紅茶に口をつけた。
ダージリンの柔らかい香りが戦闘でささくれた心を癒してくれる。
はむっ、もぐもぐもぐもぐもぐもぐむぐむぐ、ごくん
ふぅ
「人間、お腹が空くと怒りっぽくなると言うが、本当だな」
サンドイッチを一通り食べ終わった彼女の感想である。
ぴりぴりとした空気が完全に失せていた。
精神的に落ち着いたお陰か、心なしか肌も潤っている。
夜食を食べても太らないのは激しい戦闘で消費カロリーが多いからか、それとも悪魔の血クオリティーなのか。
そんなどうでもいいことに思いを馳せるほど落ち着いたようだ。
心の余裕、別名マイペースである。
ついっと下に視線をやるが、まだ誰もいない。
紅茶のおかわりは十分にある。
胃も心も満たされた彼女は、アーカムとダンテが現れるまでゆるりとティータイムを楽しんだ。



シーン3


「なん、だ、アレは……」
ダンテの横でその双子の姉は硬直した。
目の前では、ダメージを受けたアーカムが卵の様なものを吐きだしながら沈んでゆくという何とも気味の悪い光景が広がっていた。
しかし、本当の悲劇はその後だった。
アーカムの姿が完全に隠れ、それを捜そうとした二人の前になめくじや蛭に似た青い悪魔が無数に現れた。
それらは二人の周りをぐるぐると回りながら、時折体当たりをしてくる。
ダンテが剣や銃で撃退していくが、数が多すぎてキリがない。
あちらは大丈夫かと顔を向けると、顔をコートと同じ色に変えた姉が見えた。
明らかに大丈夫ではない。
目を剥き、紫色になった唇は固く一文字に結ばれている。
あ、青を通り越して白くなった。
ダンテは思わぬ展開に、攻撃を避けながらもじっと姉を観察している。
助けるべきかと考えて、珍しい姿の姉をもう少し見ていたいという欲望にあっさり負けた。
比率としては1:9である、助ける気が殆どない。
よく見ると細い肩が小刻みに震えている。
それでも足だけで避けているのは流石というべきか。
もっとよく見ようとダンテは姉に近づく。
そうすると自然とダンテの周りにいる悪魔たちも彼女に近づいてくるわけで。
より増えた悪魔に、姉の顔が泣きそうになったのをダンテは見逃さなかった。
引き結ばれていた口はいつの間にか緩んで何か呟いている。
ダンテは聞き逃すまいと耳を澄ませた。
耳に心地よい高さの声が小さく小さく言い続ける。
「何これ気持ち悪いなんかぬめぬめ動いてるしホント何なのこいつらお願いだからこっち来ないでよ気持ちわるいようナメクジはいやナメクジ嫌い」
いつになく気弱な態度に、ダンテのテンションと胸キュンがマックスになった。
アーカム、グッジョブ!
倒すべき敵にエールを送る弟の横で、姉は青ざめたままふるふると震えている。
普段とは大違いの、さながら怯えた仔ウサギのようだ。
いつもの凛とした立ち姿も美しいが、これはこれで可愛い。
これがギャップ萌えというやつなのか。
ダンテは新たな世界に足を踏み入れた。
全部の中心が姉なのは彼が彼たるゆえんだ。
好きな物とか趣味とか、もう全部『姉』でいいかもしれない。
シスコンをとっくの昔に通り越した男が今さら何を。
その横で、彼女は幻影剣を展開する。
かつてない勢いと数で青い魔力の刀が彼女の周りに現れた。
「全部……」
高々と閻魔刀を持っている方の腕が上に掲げられる。
「消えてしまえ!」
彼女が涙目で腕を振り下ろすと同時に、ナメクジの様な姿をした悪魔たちと、ついでにダンテにも、限りない数の幻影剣が雨のように降り注いだ。