学園DMC
長男と長女の関係
雲ひとつない空が清々しく爽やかな朝、台所で弁当のおかずを作る手が忙しなく動く。
用意されているのは大きめの男物の弁当が四つに、それらよりも一回りほど小さな箱が一つ。
どの箱も中には同じものが隙間なく詰め込まれている。
冷凍食品は一切なく、栄養バランスの取れた食品が色とりどりに並ぶそれは、一人の少女が毎朝家族の為に作っているものだ。
「おはよう」
掛けられた声に彼女は振り返って微笑んだ。
「おはよう、兄さん」
彼女が兄さんと呼ぶのは家族の中で最年長であり、未成年の彼女とその弟の保護者を務める兄だ。
両親を亡くした一家の大黒柱である彼は、口数少なく大人な空気で他の兄弟を従えている。
穏やかだが激すると一番恐ろしいとは家族の共通の意見である。
そんな彼だが、家族内で唯一の女兄弟である彼女とはそれなりに仲が良い。
他の兄弟が五月蝿すぎるというのが主な原因だろうが、長女に構われたい他の家族からすれば親しすぎるのではないかとやっかみの目で見られるほどだ。
当の長女からすれば兄弟を平等に扱っているのだが、落ち着いた空気の長兄に頼りがちになるのは仕方のないことだと言うだろう。
頼りにされたければ大人になりなさい。
そりゃ無理なことだと残りの兄二人が爽やかに笑った気がした。
朝日に照らされて家族共通の銀の髪が眩しく輝く。
洗濯物が良く乾くなと彼女は目を細める。
うら若き高校生の少女がそんな主婦染みた思考でいいのか。
残念ながらこの家につっこみ属性はいない。
「コーヒー淹れようか」
「ああ、頼む」
歳の離れた長男長女コンビの仲は今日も良好である。
次男と長女の関係
「お兄ちゃんにもコーヒー淹れて頂戴なーっと」
ひょっこりと台所に姿を現したのはこの家の次男である。
無精髭を疎らに生やした顔に母親のような長女は顔を顰めた。
「おはよう、早く髭剃ってきたらどうだ?」
「おはよーさん。いやぁ、これは俺のチャームポイントだからなぁ」
朝の挨拶と共に差し出されたマグカップには熱いコーヒーがなみなみと注がれている。
自分の顎を擦りながらにやりと笑む次男に、少女は腰に手を当てて呆れたと言いたげに形の良い眉を八の字に歪める。
「保険医がそれって衛生的にいいのか?」
「いーんだよ、保健室は俺の部屋みたいなもんだからな」
学校内の施設をここまで堂々と私物扱いする教員というのも珍しいだろう。
エプロンを外す少女の顔は朝から苦々しい。
「それに、髭があった方がセクシーだろ」
「馬鹿か」
兄の言葉をコンマ一秒で妹が斬って捨てた。
ここまでの一連が毎朝恒例の会話である。
疲れたように差し出された皿にはトーストとベーコンエッグが乗っている。
ボウルの中ではサラダが混ぜられていた。
口数の多い次兄もこの時は無駄口を叩かず皿を運ぶ。
余計なことを言えば他の家族が温かい朝食を食べている席で、一人だけ生の食パンを齧る羽目になる。
三日に一度は長男長女以外の誰かがそんな目にあっているのだから間違いない。
毎日のことなのだから学習すればいいのに。
気をつけようと思っていても次の朝には忘れているという、ある意味羨ましい構造をした頭がこの家の男性陣の特徴だ。
「まったく、仕方ないな」
次男長女コンビは口では何だかんだ言いつつも今日も仲が良い。
三男と長女の関係
「おー、今日も美味そうだな!」
朝食の匂いに誘われるように現れたのはこの家の三男であり、少女にとっては一番歳の近い兄である。
彼は家族の中でも二番目に早起きなのだが、庭にいる愛犬のケルベロスに餌をやってからシャワーを浴びていたのだ。
ケルベロスはシベリアンハスキーの成犬で大きい体つきながらかなり人懐っこいので、じゃれられると朝から一仕事なのだ。
ちなみにこの家には他にもシャドウという黒のアメリカンショートヘアとベオウルフというジャーマンシェパードがいるが、この二匹は何故か長女にしか懐かないので、餌はいつも彼女が家を出る前にやっている。
ベオウルフも成犬で体が大きいが、犬なのに誰かにじゃれついているのを視認したという話を聞かない。
唯一懐かれている彼女は「ツンデレで恥ずかしがりだからな」と微笑ましそうに言うが、何しろ彼女は動物が大好きなので、痘痕もえくぼ的な変換が行われているのではというもっぱらの噂である。
「お兄ちゃんもお疲れ様、先にご飯を食べていてくれ」
「りょーかい」
この凛とした少女が口にするには不釣合いな「お兄ちゃん」呼びは昔からの癖と、三人もいる兄を区別するための呼び方である。
長兄を「兄さん」と、次男は「兄貴」、三男は最も歳が近かったのもあって「お兄ちゃん」という呼び方が定着している。
これに関して、双子が幼い頃に三人の兄による激しい呼び方争いがあったことは語られない話である。
末弟も三人の兄に対して姉とほぼ同様の呼び方をしている。
何せ、親が何を思ったのか、この兄弟の男性陣は全員同じ名なのだ。
四人いる兄弟の名前は同じ「ダンテ」という。
誰か止めなかったのか、むしろ四人目辺りは、もう今更名前考えるのがめんどくさくなって付けただろう。
もしくは長女の名前を考えるので力尽きたか。
アルバムを見るとそれぞれ外見も似てるからいいんじゃないかというのが家族内で唯一違う名を持つ彼女の本音だ。
「いただきまーす」
「はい、召し上がれ」
三男長女コンビは今日もほのぼのと仲良しだ。
末弟と長女の関係
「早く起きろ、この愚弟が」
この家の末っ子である彼の朝は、いつも姉の冷たい罵声で始まる。
姉と言っても彼と彼女の間に歳の差はない。
産まれた日も両親も同じ、所謂二卵性双生児なのだ。
「んー、むぅ」
眠そうに目を擦る弟の横で少女は笑う。
家事を一手に担う割りに肌荒れのない白い指で弟の顔を突く。
ひたすら突く。
寝ぼけ顔が覚醒するまで、ただただ突く。
時々悪戯に頬を抓んで横に伸ばしたり眉間の辺りをぐりぐりと押すことはあれど、基本はただひたすら突くのみだ。
これも広い家で朝から晩まで家事に追われる少女の一種のストレス解消なのだろう。
嫌がる弟の顔を覗き込む表情はひどく楽しげだ。
「うー、はよぉ」
例えどんなに寝ぼけまなこでも挨拶は挨拶、朝の挨拶を交わせば彼女のささやかな朝の愉しみは終了だ。
大丈夫、また明日がある。
末弟が自力で起きることを覚えない限りは、毎朝彼女の愉しみが続く。
多分一生だ。
「ああ、おはようダンテ」
さっきまで嬉々として弟苛めに励んでいたとは思えないような爽やかな笑顔で彼女は応えた。
彼女が「ダンテ」と名を呼ぶのは兄弟の中でもこの弟だけだ。
兄たちは末弟を「坊や」やら「チビ」やらと呼ぶので、家族の中で彼を「ダンテ」と呼ぶのは彼女だけだ。
名前で呼び合うのは二人だけなのだと思うと何となく嬉しいようなくすぐったいような気持ちになって、ダンテはにっこりと笑った。
姉もにっこりと笑って時計を指した。
「髪を弄りたければ急いだ方がいいぞ?」
着替えて朝食を食べるだけならば余裕があるが、洗面台で鏡とにらめっこするにはギリギリの時間だった。
姉は既に制服を一分の隙もなく着込んでいる。
彼女は家事以外に関しては驚くほど不器用なので、きっちり編み込まれた髪は兄たちの内の誰かの仕業だろう。
一番起床の遅い末弟は、慌ててベッドから飛び起きた。
末の双子は今日も嫌になるくらいラブラブである。