完全で瀟洒な魔人

レースで飾られた白いシャツ、首元を覆うインナーにはフリルが多く使われ、喉元にアミュレットが赤く燦然と輝いている。
肩口の膨らんだ青い長袖の上着は裾がやけに短く、胸元までしかない。
裾は金糸でくぐられており青い生地にも金で刺繍がなされ、変わったデザインではあるが服自体は上質な生地であることが見て取れる。
すらりと伸びた足を包むのは上着と同色のスカートで、脚のラインが浮き出る様なタイトなデザインながら動きを阻害しないように上手く作られている。
腰から膝下まで白いエプロンが伸びている。
スカートから覗く脚は黒いタイツに覆われ、先端は艶のある黒い靴が保護している。
着ている本人は中性的な美貌を憂鬱そうに歪めている。
その表情すらもどこか退廃的な美が漂っていた。
銀の長い髪は両サイドで巻かれ、肩の上に垂らされている。
唇には薄らと紫の色を差し、余剰もなく不足もなく美しいその顔は見ている人間を生きているのかすら不安に思わせる。
彼女の着ているものがメイド服だと言われて、そうなのかと納得する人間はそう多くないだろう。
「これで、満足か?」
手に持っているのは火かき棒、この家に暖炉はないので衣装を揃える際にわざわざ買って来たのだろう。
は呆れながらきらきらとした目で自分を見るダンテに視線をやった。
ダンテと並んでソファに座っているネロも、どこか期待に満ちた目で母を見遣っている。
「おー、やっぱ似合うな! んじゃ、あとはこれな」
渡されたのは数枚のメモだった。
は此処まできたからにはいっそやってやろうと、やけくそ気味にメモを読む。
ダンテは喜々としてカメラを構えていた。
滅多にないのコスプレだ。
今後機会があるかどうかもわからない。
画像はもちろん、動画としても残す気満々である。
「これを読めばいいんだな」
「おう! あ、表情はできるだけなく、人形みたいな感じで!」
細かい指示を出すダンテには弟はどこに向かうのかと内心頭を抱えながらも、息子の期待の瞳には勝てず、渋々メモを手の中に隠してカメラに向かって口を開く。
「『マスターは私を……完璧な女にお創りになったとおっしゃいますが……』」
ちらりとカメラを撮るダンテを見る。
そのままいけということなのだろう。
楽しそうな顔にあとで次元斬だと思いながらもは台詞を続ける。
「『私は、味だけでなく快楽も、痛みすらもわからないのです……』」
ぽつりぽつりと零すように台詞を呟く。
カメラに音声は収まっているのだろうか。
撮り直しとか言い出したらどうしてくれよう。
火かき棒で殴られたらダンテも本望かとは体の前で組んだ手をぎちりと音が立つぐらい握りながら考えていた。
表情がないのは最早演技ではない。
段々と怒りが蓄積してきた結果である。
「『私には、足りないのです……』」
「はいカーット!」
ダンテは声を上げてカメラを一度止めた。
映像を確認するダンテの前に、火かき棒を片手にゆらりと幽鬼の様な動きでが距離を詰める。
「『足りないのです』」
「へ?」
頭上に掛かる影にダンテは顔を上げる。
薄らと紫に染められた唇だけが笑んでいた。
振り上げられた腕の延長線上には火かき棒が長く伸びている。
「あー、もしかして……姉貴も元ネタ知ってる?」
「Yes, Master」
は笑みを崩さぬまま答えた。
ネロはこういう時には静かにしているに限ると、傍らで欠伸をしていたケルベロスを抱き寄せる。
飛び交う血しぶき、一方的な攻撃と太い悲鳴、そこに狂気的な女の笑い声が混じる。
「まさしくDemento、みたいな?」
くうんとケルベロスが鼻を鳴らした。
黒い毛並みを撫でてやりながらネロは呟く。
「Acta est fabula(芝居は終わった)ってか」
ふふふふふあははははははと高らかな笑いに、ダンテがつけたままにしていたカメラの電源を切った。