第一次姉弟喧嘩勃発

ダンテがいつも通り起きて一階に降りると、そこには修羅がいた。
いや、修羅というのは正しくない。
そこにいたのはダンテの双子の姉であるだったのだから。
彼女は笑っていた。
その美しい顔に優しい笑みを湛えていた。
それだけであればダンテも、今日は機嫌がいいのか、などと思いつつ笑顔を返せただろう。
しかしダンテの顔は恐怖で引き攣っている。
彼は知っていた。
が本気で怒ると、それはもう本当に美しく笑うのだと。
彼女の背後にスパーダの幻影が見えた気がした。
「ダンテ」
「はいっ!」
名前を呼ばれ、ダンテは背筋をピシッと伸ばして素早く返事をした。
手が勝手に敬礼のポーズを取っていた。
気分は軍隊である。
「少し話があるから、そこに座りなさい」
示された先は冷たい床である。
疑問形ではなかった。
穏やかな声だったが背後に立つ幻影が、彼女の視線が、「座らないと殺す」と告げている。
命の危機を感じたダンテは大人しく従順に、の目の前で床に正座した。
眼前で微笑んでいるのは優しい姉のはずなのに、酷く恐ろしい存在に感じられる。
今まで戦ったどの悪魔と対面した時よりもダンテは緊張していた。
「ダンテ。私は母さんが死んでから、お前を立派な人間に育てようと、できるだけの努力をしてきた」
姉が必死に働いたおかげで事務所を持てるようになった身としては、何の反論もできない。
まだ十にもならない子供が、同じ歳の子供を養って生活していたのだから、ダンテはに対して、特に金銭関係では、一切頭が上がらないのだ。
「お前がどれだけ夜遊びしようと、朝帰りを繰り返そうと、お前も子供じゃない。文句を言うことも無かろうと思っていた」
情報収集ついでに夜の蝶と戯れることも多々ある。
朝帰りで酒臭い弟を「仕方のない奴だ」といつだっては苦笑しながら迎え入れてくれた。
キツイ香水の匂いを纏ったダンテが帰ってきても「ほどほどにしろよ」と軽く頭を小突くだけだった。
それが少し寂しかっただなんて、ダンテには言えない。
「しかし、だ。お前がこんなに愚かな男だとは私も思ってもみなかった」
怒りを通り越して、本気で呆れかえったようだ。
だがダンテには何故がここまで怒り、呆れているのか、心当たりがない。
いや、心当たりがあるにはあるのだが、それは今まで笑って許してもらえていた類の物ばかりだった。
「お前は最低限のマナーも知らないのか? 相手がプロだろうと、男として当たり前のことだろう!?」
の発言の内容からして、人間相手に何らかの過失が明らかになったのは理解できるのだが、相手も過失の中身もわからない。
必死で無い頭をフル回転させるが、思い当たる節がない。
特に最近は悪魔の情報もなく、大人しくしていたはずだ。
「今朝、玄関の前にいた」
何がだと、ダンテが問う前に布の塊が差し出される。
どうやらソファの上に置いてあったらしい。
それなりに重みと温かさが感じられる布の包みからは、若干の魔力が感じられる。
どことなく嫌な予感を覚えながら、そっと布の包みを剥ぐと、そこには銀色の髪をした赤ん坊がスヤスヤと、場違いなほど安らかに眠っていた。
「どう考えても父親はお前だろう」
ピシリと、音を立てて石化する弟には本日何度目かわからないため息を吐いた。
「い、いやでも! 俺のガキとは限んないだろ!?」
慌てて喚くダンテを、育ての親ならぬ双子の姉は冷たい眼で見据える。
「ほう、では誰の子供だと?」
の子供かもしれな、い、じゃ……」
段々と語尾が濁ってゆく。
の目が、生ゴミや台所に出る黒い虫を見るそれになっていた。
流石のダンテも、自分の発言がいかに拙いものかということだけは理解できた。
「お前は自分の姉の性別も忘れたかそれとも私が子供を孕んでいた様に見えたのかどちらにせよみっともなく見苦しい言い訳だな」
息継ぎなしで彼女は言い切る。
仁王立ちしたは、渡されたままダンテの腕の中にいた赤ん坊を素っ気なく、しかし赤ん坊を起こさないよう注意しながらも取り上げた。
未だ赤ん坊は眠っている。
なかなか図太い神経の持ち主のようで、将来が楽しみなお子様だ。
「とにかく、貴様に任せることはできないことは、よくわかった」
さりげなく呼び方が『お前』から『貴様』に変わった辺り、かなり怒髪天をついていることが窺われた。
ダンテは痺れて感覚のない足を震わせ、冷や汗を垂らしながら弁明の余地もなく俯いている。
「此処に置いていかれたということは、母親に育てられない事情か気力がないということだろう」
そうでなくても、四分の一とはいえ悪魔の血を引いている子供だ。
何の事情も知らない人間の女性が育てていたら、後々支障が生じるだろう。
化けもの扱いされ、嫌煙されて育てられるよりは、いっそ此処に来て正解だったのかもしれない。
父親が父親なので問題なのだが、あまりにも情けない弟には宣言する。
「私がこの子を育てる」
だからと、こめかみに青筋を立てながらも、彼女は表情を緩めた。
「二度と私とこの子の前にその顔を出すなクズが」
そう言い放ったの顔があまりにも清々しい笑顔だったので、ダンテは姉が荷物をまとめて出て行くまで、凍りつくことしかできなかった。