不思議の塔のメアリ

何かが空を切る音に、二人は顔を上げる。
その存在を視認してから、ちょうど落下地点の前にいるダンテにもは視線を向けるが、何も構える様子のない弟にやがて痺れを切らせた。
見捨てるわけにもいかないだろう。
「ダンテ、退け」
勢いよく落ちてきたのは一人の少女だった。
こんなアニメがあったような気がすると思っただが、現実はそんなにロマンティックなものではない。
腕の中に抱え込む寸前に落下速度が落ちたりはしないのだ。
半魔なお蔭でどんなに勢い付いていようと少女一人抱えるぐらいは何ともないが、それでは少女の体に負担が掛かるだろう。
閻魔刀を床に置いて、は音もなく床を蹴り、さらに瓦礫を蹴って上昇する。
目の前まで迫った少女の体を両手で支え、重さをものともせずに、瓦礫を蹴ることで落ちる勢いを殺し、最後は元の位置にふわりとしゃがみ込んだ。
その残像を追うように長いコートの裾がひらりと広がって落ちた。
「ぅあっ!」
呻き声を上げた少女がの顔へと目を向ける。
「大丈夫か?」
抱える方が上手かったため上から落ちてきた衝撃は少なかったが、少女は目を見開き暴れようとする。
なにより二人の体勢が問題だった。
女性ならば幼い頃に一度は夢見るプリンセスホールド――所謂お姫様だっこだったのだ。
だが少女はそんなものを夢見る歳ではなかったし、見目麗しい人にされているとなれば体重が気になってしまうのは仕方のないことだ。
さっさと降ろしてほしいという少女の願いとは裏腹に、体はがっちりと抱えられている。
段々と頬が赤らんでゆく少女を見たダンテは、の背後で体をくの字に折り曲げながら爆笑していた。
「は、離せ!」
少女は羞恥心に耐えきれなくなったのか銃を抜こうとするが、抱えられているため腰に手を回せない。
じたばた動いて不満を表す少女にが微笑む。
「そう暴れるな、今降ろしてやる」
瓦礫だらけの床に優しく少女を立たせ、あまり体には触れられたくない性格なのだろうとは手を離した。
少女も赤くなった顔を必死で戻しながら、銃や体の調子を確認する。
一通り見て大丈夫だったのだろう、次に背後に視線を向けた。
「で、あそこで転げまわってる不愉快な物体はなに?」
今もずっと笑い続けているダンテに苛立ちの視線が突き刺さる。
フォローのしようがない姿にの目は遠く明後日の方向を向いた。
「あそこで馬鹿笑いしている馬鹿は……不本意ながら私の弟だ」
いつまでも笑い続けるダンテに、少女は実力行使に出ることにした。
笑うことを止められないのならば本人を止めてしまえ。
物騒な考えではあったが、それぐらいでは死なないことを知っているは少女が銃を抜くのを止めずに見守った。
ガウンッ!
銃口から放たれた鉛玉はダンテの額を的確に捉えた。
その衝撃で漸く笑い声が途絶える。
しかし倒れることなく体はすぐに持ち上がり少女の方を見た。
「おいおい、たまげたね! 助けた礼に鉛玉くれるとはな!」
皮肉気に歪んだ唇はともかく、顔全体を総合して見るとに似ている。
少女は首を捻ってを見た。
「……顔は似てるけど……本当に弟?」
「…………アレと私は正真正銘双子だ」
長い沈黙が彼女の認めたくないという思いを代弁しているかのようだった。
ついでだからと少女はもう一度引き金を引く。
「Jack Pot……」
再び鉛玉は額を貫いた。
思わずは弟の決め台詞を呟く。
「助けてくれたのはこっちの人よ。あんたじゃないわ」
ふんっと少女は両手に銃を構えたままダンテを睨みつける。
ダンテの体は銃の衝撃で仰け反り、勢いよく前に戻ってきた。
「くそッ、いちいち撃つなってんだよ!」
じゃあ避けるなり弾くなりすればいいのにと閻魔刀を拾い上げたは思ったが、口には出さなかった。
「姉貴も! 呑気に見てないで止めるなりなんなりしろよ!」
「知るか馬鹿」
双子の姉は妙なところでスパルタだった。
他には優しいのに。
がくりと項垂れたダンテの頭をはぺしっと叩く。
「先に進むぞ」
「はーいはい」
ダンテの横に立つとその相似性がわかる。
の方が細い面差しをしているせいか冷たく見えるが、それ以外は髪も目もよく似ていた。
全体的にの方が細い作りをしているが、なるほど確かに双子なのだろうと少女は納得したが何となく腑に落ちない気もする。
「まだこの塔にいるつもりなら再び会うこともあるだろう、……気をつけて」
ふっとが少女に向かって微笑む。
くるりと踵を返して歩くその背後でダンテは振り返った。
抱きかかえられたことを思い出し頬を赤らめる少女に近寄って囁く。
「言っておくけど、アイツ、女だぜ?」
途端に固まる少女を尻目に、ダンテは頭の後ろで手を組んで姉の後を追う。
後ろからは「そういえば『姉貴』って」「いや、でもあんなにかっこいいのに!?」と葛藤している声が聞こえる。
桃屋といい、ここでといい、姉は女に想いを寄せられる性質らしい。
それに比べて自分が貰ったのは鉛玉二発だ。
「――どうも女運は良くないらしい」
ダンテが額から出た血を指で壁に擦り付けると、そんなことばかりやっているからだとに閻魔刀の柄でどつかれた。