再会。

雨が降る。
青白い満月の光の隙間を縫うように、細く冷たく静かに降り注ぐ。
一年ぶりの再会を果たした双子の半魔を祝福するように、或いはこれから起こるであろう戦いを嘆くように、雨はただ降りつけていた。
「……来たか」
階段を上った先、塔の頂上に佇むは弟の足音と気配に振り向き、目を伏せた。
地上より遥か高い場所であるからか異常なほど大きな満月を背に、彼女は弟と対峙する。
月の光は白い面を照らし、の玲瓏な美しさを際立たせていた。
色合いや顔立ちこそあまり変わらない二人だが、その違いは男女差以上に明確なものがあった。
伏せられていた瞳がゆるりとダンテを捉える。
昔のような明るい温かさはなく、あるのは何かを渇望する強い意志と非情なまでの冷たい光だった。
それは見る人を恐れさせると同時に、付き従い全てを捧げたくなるような絶対者の瞳だった。
ぞくりとするような暗い魅力に抗うように、ダンテはわざとらしく肩を竦める。
「全く大したパーティだな。酒もねぇ、食い物もねぇ――残るは女だが、アンタが相手してくれるのか?」
ふざけたもの言いに込められた皮肉も気にする様子もなく、は淡々と言葉を紡ぐ。
「お前の思い違いを訂正しよう。此処にお前を招待したのは私ではなく、アーカムの独断だ」
「はっ?」
いきなり突きつけられた事実に目を剥くダンテに構わず、彼女は続ける。
「できればアミュレットを置いて去ってほしいというのが私の希望だが……」
ダンテの表情を見てはため息を吐いた。
「どうやらそうはいかないようだな」
にやりと口の端を上げる弟に自然と目が細まる。
雨脚が段々と強まってきたようだ。
「まあいいさ、ざっと一年ぶりの再会だ。まずはキスのひとつでもしてやろうか?」
おどけた動作で両腕を広げたダンテは、右手に持ったままだったエボニーを回転させ、に向けた。
「それとも――こっちのキスの方がいいか」
かつて、一年前までであれば、ダンテにとって最愛の姉に銃を向けるなど有り得なかった行動だった。
だが先ほど視線だけで呑まれかけた経験が彼に警戒を促していた。
目の前にいるのはかつての優しかった姉ではない。
唇だけは皮肉気に笑んだまま、厳しい顔つきでを睨む。
「感動の再会って言うらしいぜ、こういうの」
は僅かに目を伏せ、すぐに強くダンテを見返す。
「――らしいな」
静かな言葉と同時に、親指で閻魔刀の鯉口を切った。
それが合図だった。
放たれた弾丸を抜いた閻魔刀を回転させることでいなす。
ダンテが近寄りリベリオンを構えた瞬間、その正面から低い体勢でが向かってきた。
刃の軌道だけが銀色の残像として残るような神速の居合を避ける術もなく、かろうじてリベリオンで迎え撃とうとするが、
「Where's your motivation?(やる気があるのか?)」
嘲笑うような言葉と共に閻魔刀で弾かれ、斬り上げられ、更に宙に浮いた体を容赦なく斬りつけた。
半分悪魔の身ですぐに治るとはいえ、痛覚はある。
斬られた痛みで生じた隙を見逃すほどは愚かではない。
素早い踏み込みでダンテの目の前に現れると、もう一度居合を放った。
刀を鞘に戻す瞬間を狙ってリベリオンを疾らせる。
しかし動きは読まれていたのか、ダンテの前にの姿はなく、後ろに現れた彼女はダンテの背中を斬りつけた。
すかさずダンテが背後に向かって銃を撃つと、流石に避けきれなかったのか呻く声が聞こえる。
が、すぐに金属音が聞こえて、弾丸がいなされていることを悟ったダンテは無駄弾を撃つことを止めた。
身を翻し姉のいるであろう方向に向けると、彼女は体勢を低くして構えていた。
居合かと後ずさったダンテに対しては離れた場所から刀を振る。
何かと考える暇もなく、向かってくる空気を斬る不吉な音に、咄嗟に横へと飛んだ。
だが更に新たな音が一直線に向かってくる。
発信源はだ。
彼女が閻魔刀を振るう度に何かがダンテを襲う。
よく見れば細かい雨粒が、音が通る所では更に細かく切り刻まれている。
「カマイタチか!」
だがそれが何なのか気づいた時には遅かった。
たかが空気の摩擦現象とはいえかなりの威力を持っているそれをどうにか避けた瞬間に、冷たい銀色の刃が無防備なダンテの腹を薙いだ。
少し離れた場所には、雨で濡れたせいだろう、前髪が降りた姉の姿があった。
互いに視線が合い、同時に鋭く息を吐く。
先に仕掛けたのはダンテだった。
リベリオンの先端を硬い石の床につけたまま、を目掛けて走る。
勢いのまま下から上へと斬りつける刃を横から閻魔刀が弾いた。
ダンテは弾かれたリベリオンを回転させることで武器が手元から飛ばされることを防ぎ、更に一直線に剣をに突き出した。
しかし彼女の身に傷をつけることなくリベリオンは再び弾かれ、逆に閻魔刀の柄で腹を強く殴打される。
苦し紛れに振るった刃も阻まれ、吹き飛ばされたダンテは柱にぶつかることで塔からの落下はかろうじて避けたが、衝撃によるダメージは決して弱くない。
だが隙を突かれるものかと左手でアイボリーを撃つ。
雨に紛れて向かってくる弾丸をは閻魔刀の回転で止め、刃を床に向けると絡めとられ勢いを殺された弾丸が並んだ。
「ふっ!」
気合い一閃、閻魔刀で弾丸を持ち主へと打ち返す。
ダメージに崩れ膝を付いていたダンテはリベリオンを振り上げ、襲い来る鉛玉を斬った。
「帰れダンテ、お前はあまりにも弱い」
激しく降りつける雨の中、一人立っていたは傲然と言い放った。
「目的も意志もないのであれば、此処にいることに意味はない」
「目的? 目的ならあるさ」
よろめきながらも立ち上がったダンテが笑う。
「俺は姉貴を連れ戻す」
「……愚かな」
吐き捨てられた言葉に熱はなかった。
ダンテが走り、が迎え撃つ。
鋭い金属音を立ててリベリオンと閻魔刀が軋み、互いを打ち砕こうと震える。
刃が摩擦し火花が飛ぶ。
力任せの鍔迫り合いは、一瞬全身に魔力を滾らせたが制した。
リベリオンが宙を舞い、白い腹に細身の刀が突き刺さる。
刃を伝う血は赤く、床に零れて透明な雨を滲ませる。
苦しげに姉の顔を見上げるダンテの目に、一瞬の顔が苦しげに歪んだように見えた。
「お前は愚かだ、ダンテ」
次の瞬間、閻魔刀の刀身が更に深くダンテの身に沈む。
苦痛に呻く弟を案じることもなくは言葉を続けた。
「弱き意志では誰も守れない。誰も、何もだ」
はダンテの肩を掴み、もう一方の手で深く突き刺した閻魔刀を一気に引き抜いた。
赤が飛び散る。
冷たい床に倒れた彼女の弟を象徴する色だ。
横たわるその体の前に膝を付き、胸に掛かるアミュレットの鎖を千切り取った。
仮にも金属であるはずの鎖も悪魔の力の前では脆いものだ。
は立ち上がりアミュレットを額に当てる。
伏せられた目はさっきまで鬼神の如く戦っていた人物とは思えぬほど弱々しい。
僅かん覗く瞳には、まるで年端もいかぬ迷い子のような寂しい光が灯っていた。
しかしその手で濡れた髪を掻き上げると、そこには弟を斬った時と同じ強い意志だけが残されていた。