我が親愛なる
呆然としているネロに対し、ダンテは不敵な笑みを浮かべる。
「で、坊やの名前は?」
問いかけられて意識を取り戻したネロは、母に似た男と視線を合わせないよう、目を逸らす。
目を合わせていたら、心中に渦巻く動揺も何もかも見透かされるような気がした。
「ネロだ、フォルトゥナで教団騎士をやっている」
ダンテは胸の前で腕を組みながら、何かを思い出す様に斜め上の宙を見る。
動作が一々わざとらしく、何処か人をくったような態度はネロを不快にさせた。
常に実直で真面目な母とは大違いだ。
「あー、魔剣教団……、だったか」
フォルトゥナは、魔剣士スパーダを崇拝し悪魔の殲滅に力を入れる宗教団体が治めている、城塞都市だ。
その宗教団体こそが魔剣教団であり、ネロの勤務先である。
騎士になると教団寮の一室を与えられるが、ネロは母であると共に、教団の自治区内にある森に住んでいた。
「ってことは坊やもスパーダを崇め称えてんのか?」
軽薄な笑みの後ろ側から、下らないと嘲る声が聞こえてきそうだ。
ネロ自身、信仰心の欠片も持ち合わせていないので、狂信的な信者に冷たい眼を向けることもある。
しかしダンテの目は、もっと暗い何かを孕んでいるように見える。
その何かを振り切るようにネロは吐き捨てた。
「んなわけないだろ。ただ……」
「ただ?」
「……給料がいいんだよ」
俗物的ではあるが真理だった。
母がデビルハンターでしっかりとした収入源がないことや母子家庭だということを考えて、悪魔を狩りながら定期収入が保証された騎士になったのだ。
もそれを止めはしなかった。
その代わり、今までは基本を教える程度だったのが、時間があれば修業や組み手をさせるようになった。
ネロは素手対素手ではもちろん、ブルーローズとレッドクイーン、さらに右手を使っても、閻魔刀一本で戦うに勝てるどころか、本気を出させた覚えすらない。
「給料がいい、ね」
ネロの答えが気に入ったらしく、ダンテは嫌みのない明るい表情で笑う。
その顔が何処かの笑みと重なるものがあって、ネロは複雑な気持ちになった。
フードの端を掴んで少し下げる。
「面白い坊やだな、気に入ったぜ」
気に入られても困るというのがネロの忌憚ない正直な気持ちだ。
母に関わるなと言われていることもそうだが、こういう存在がふざけているような男にどう反応していいのかわからないのだ。
教団内ではネロは浮いていたから人づきあいがあまり得意ではないし、数少ない友人や知人は皆真面目な人間ばかりだった。
それに比べてダンテは、実直に付き合うにはあまりにも相手の反応が薄っぺら過ぎるが、親しく付き合うには歳が離れすぎている。
母の双子の弟なのだから、それこそ親子ほど歳が離れているのだ。
だから、ネロがかろうじて返せたのは一言だけだった。
「……それはどうも」
ネロの微妙な反応すら、ダンテは面白がっているようだった。
余裕を滲ませたその顔にブルーローズでトンネルを開通させてやりたい衝動に駆られるが、示された実力差と母の戒めを思い出し、ネロはどうにか自分を宥めた。
未だに手が銃のグリップに掛かっているのは、この際気にしないことにする。
「んで、時間は取らせないんじゃなかったのか」
暗にさっさと本題に入れと示すと、ダンテはネロを値踏みするように全身を見る。
ダンテの位置からはフードに隠れて髪の色はわからないはずだ。
ネロはさり気なく右腕を背後に隠す。
ふんと、ダンテが笑う気配がした。
まるで、その隠そうとしているものはお見通しだと言われているように感じて、ネロは眉を顰める。
やがてダンテが口を開いた。
「女を捜している。銀髪に俺よりも少し薄いブルーの目をしている。日本刀を所持しているはずだ。歳は俺と同じ」
もちろんネロには心当たりがある。
まるで目の前の男が言うもの同じ特徴を備えた、男に似た女性を。
心当たりであって確信ではない。
だが、冷静に考えれば、自分の双子の弟に関わるなというバローダの言い分がおかしいことに思い至る。
家族だというのに、何故関わるなと言ったのだろうか。
他の家族はいないという。
ならば二人きりの家族、交流が全くないという方がおかしいのではないだろうか。
それが、彼から逃げているからだとすれば、理由がつく。
ネロはダンテに問う。
「その女の、名前は?」
「」
その名を口にした時、彼は酷く焦がれるような顔をした。
だがすぐに、今は偽名を使っているかもしれないがなと、皮肉気に笑ってみせる。
何せ名前は一番誤魔化しやすいものだ。
髪や目の色は変化させるために、薬品や専用の物が必要になるが、名前は名乗るだけでいい。
だがネロの知る母は一度も違う名を使わなかった。
それどころか外見にも一切手を加えていない。
精々人目にさらされないようにひっそりと過ごしていただけだ。
まるで捜されることなどないというように。
或いは。
「……知ってるぜ」
ぱさりと、ネロは頭に被っていたフードを払う。
揺れる髪は目の前の男、そして母と同じ銀色だ。
同じ色合いの青い瞳が向かい合う。
ダンテは片眉を跳ね上げ、面白そうにほうと呟いた。
それはネロの発言に対してだったのか、その外見に対してか、恐らくは後者だろう。
銀の髪に青い瞳というのはそうそうない。
だが次に彼は、違えようもないほどはっきりと、ネロの言葉に対して驚きを示した。
「俺の母さんだからな」
本来ならば、言うべきではないのだろう。
母本人の意志を尊重すべきだ。
だが、何故実の弟から逃げ隠れているのかはネロにはわからない。
母が何を思い、森奥に暮らしているのか知らない。
それでも、目立つ外見に手を加えず、偽名を名乗ることもせず、ネロに関わるなと言いながらも、外界と触れることが多い騎士になることを止めなかったのは。
まるで見つけてほしいかのように思えたのだ。