姉弟共闘

がその空間に入った時、弟と、アーカムだったものが戦っていた。
強大な質量を持った透明のゲル状の塊が、本当にアーカムだとすればの話だが。
恐らくスパーダの力を取り込んだことで人間の形を保っていられなくなったのだろう。
は弟を手助けするでもなく考える。
魔剣士の力は、人間にはあまりにも過ぎた玩具だったのだ。
ただ力を得るためだけに男は人であることを捨てた。
その執念をは認めている。
だが逆に、ひどく愚かな男だとも考える。
――力を得て、それでどうする?
力無き意志は無力だが、意志無き力に意味はあるのか。
少なくともには力を得るための理由があった。
身勝手でも利己的でも、『家族を守る』ために力を求め、魔界への扉を開こうとした。
魔帝を倒す、そのために。
これ以上家族を失うことはできない。
なによりもは、これ以上ダンテが『家族』を失うのを見たくなかった。
が産んだネロという男児は、正真正銘血の繋がったダンテの子供だ。
インセストタブーを犯した、罪の証だった。
それでも、バローダは産みたかった。
ダンテに何も知らせずに、子供ができた事さえも告げずに、彼女は街を去り、遠く離れた場所でネロを産んだ。
命を宿した腹が段々と膨らんでゆくのが、恐ろしくて、愛おしかった。
まだ見ぬ子供が、恋しくて、哀れだった。
家族が増えることが、嬉しくて、悲しかった。
痛みと苦しみと罪悪感に耐え、ようやく生まれた子供をは一人で育てた。
双子なのだから当然ではあるが、自分と弟によく似ていた。
母と子、二人きり、寂しくとも穏やかな生活だった。
だが魔帝は、その子供さえも奪うだろう。
かつて二人から母を奪ったように。
知らぬ内に産まれた子供だ。
ダンテがその生を望むかもわからない。
それでも確かに彼らは『家族』だった。
奪われないために、穏やかな日々に背を向けることを決めた。
人間であることを諦めた。
そしては再び刀を手に、街へ戻ってきた。
その結果がこれだ。
ダンテの心臓を閻魔刀で貫いた感触が消えない。
大切なものを、守るために傷つけているという矛盾。
結局は自分がやっていることも、妻を殺し、娘を利用したアーカムと変わらないのではないか。
は唇を噛みしめる。
『無駄だ!』
くぐもった男の声には意識を目の前に戻した。
アーカムだったものが口もないのに何処からか声を出して喚いている。
二人は部屋の上部に潜むに、未だ気づいていない。
は閻魔刀を静かに抜いた。
『貴様の力は半人半魔の不完全な物! スパーダの真の力には及ぶはずもない!』
息も激しいダンテへと青い腕が襲いかかる。
避ける暇も体力もない。
苦し紛れにダンテはアーカムを睨みつける。
ダンテと腕がぶつかる、まさにその時だった。
は閻魔刀を持った腕を、鋭く、横薙ぎに払った。
剣の衝撃波がかまいたちを起こし、アーカムの腕を落とす。
斬られた腕は幾度か痙攣し、やがて沈黙した。
『――何だ?』
驚いたのはアーカムだけではない。
今まさに攻撃されようとしていたダンテも、アーカムと同時に顔を上げた。
二人の視線を受けるそこには、どこまでも静かに、凪いだ瞳でダンテを見据えるがそこにいた。
『貴様!』
アーカムの声には視線を移す。
立ち上がり、すっと白銀の刃をアーカムに向けた。
「返してもらおう」
刃が翻り、妖刀と呼ぶに相応しい寒気のするような刃鳴りの音が空気を揺らす。
「貴様には過ぎた力だ」
ふわりと、体重さえも感じさせないような動作では戦場に降り立った。
ダンテの目の前に来ると、閻魔刀を胸へと向ける。
刃は正確に心臓を向いていた。
暗に、後ろに下がっていろ、邪魔をするなと言われているようで、当然ダンテは面白くない。
「おいおい、今さらノコノコ出てきて主役気取りかよ」
変わらぬ軽口にの口元が僅かに上がる。
「では――」
床を浸す水を斬り裂きながら、一直線にアーカムへと切っ先を向けた。
声にならない音を上げて、アーカムは斬られた腕をくっつける。
醜悪な魔力の塊は、悪魔と呼ぶにもおぞましい。
「あれがメインイベントに相応しいと?」
あんなものがかと、姉の瞳が笑っていることにダンテは気づいた。
時折、ダンテのノリに付き合ってくれていた時と同じ目だ。
今ではもう見ることもないだろうと思っていた愉快気なアイスブルーの視線を受けて、ダンテはそんな場合ではないと知りつつも、心が高揚するのを抑えきれない。
「言われてみれば――」
リベリオンを肩に担ぎ、一歩、二歩と、へと足を動かす。
皮肉気な笑みを浮かべ、ダンテはいつもの軽い調子を取り戻す。
「確かにそうだ」
姉の隣に並んだダンテは顎でアーカムを指しながら笑った。
閻魔刀が振り下ろされ空気を斬る音を合図に、二人は歩き出した。
何も言わず互いを見ることもない。
だが何をすべきかは、言葉にせずとも知っていた。
『私に勝つつもりか? 貴様らの父に――スパーダの力に!』
喚くアーカムにが吐き捨てる。
「何がスパーダの力だ、笑わせるな。貴様ではその力を制御できない」
人を想い反逆を成した悪魔の力が、人を斬り捨て力を得ようとする男になど、使えるはずがない。
「言うだけ無駄さ」
肩に担いでいたリベリオンをアーカムへと向ける。
銀色の刀身が鈍く光った。
「体で気付かせなきゃな!」
ダンテの言葉を皮切りに、双子はそれぞれ身を低くして目の前の敵を殲滅せんと駆け出す。