姉弟共闘
二つの剣は真っ直ぐにアーカムへと向かい、醜い体を刻んでゆく。
ダンテ一人を相手にしていたときでさえ余裕がなかったのに、攻撃量が二倍になったといえば、結果は推して知るべきだろう。
ダンテが近づきリベリオンでの斬撃を喰らわせれば、がそれを援護するように閻魔刀を振るう。
接近したが閻魔刀を疾らせれば、ダンテがエボニーとアイボリーで銃声を奏でる。
アーカムの腕がダンテを捉えたと思った瞬間、横から伸びた刀身が喰い込んだ。
ならばと、腕を斬り落とさんとするを掴もうとしたもう一本の腕は、鉛玉の雨を浴びた。
「ふん、これがスパーダの力、か?」
嘲るように女は笑う。
鋭い切っ先が青い体を斬り裂く。
「メインイベントには物足りねぇな、やっぱ」
皮肉気に男は笑う。
振り下ろされた剣が青い体を抉った。
『うおおおおおおおおおおおおおおお!!!』
人間であったモノは吠えた。
違う、こんなものではない。
自分が求めたのは、もっと圧倒的な力だ。
こんなところで終わるわけがない。
痛みは感じないが双方から来る攻めに疲弊していたモノは、がむしゃらに腕を振り回し、生き物ともつかぬ何かを吐き出す。
蛇の様なそれは空をうねりながら進み、とダンテへとその身を進める。
素早いその動きには跳んで避けようとするが、それは空で行き先を変え、的確に追尾してくる。
閻魔刀で斬ろうにも、空中で斬撃を加えるにはあまりにも標的が小さすぎた。
せめて地に足を付けた状態であれば真っ二つどころか粉みじんにしてくれたものを。
は回避のために跳躍を選んだ自分の愚かさを悔みながらも、すぐにどうすべきかと思考を切り替えた。
毒を持っていたら厄介だが、大きさからして恐らく単純な攻撃力はそう高くないだろう。
向かってくるものを出来る限り引きつけ、最小限の動きで頭と胸を庇う。
わき腹の肉を抉りながら掠めていったそれに、は振り向きざまに閻魔刀での斬撃を与えた。
じくりと痛む腹の傷は熱を帯びている。
抉られた箇所がその血により再生されているのがよくわかった。
何気なく指で触れると、血でべた付くものの、すでに皮膚まで完治していた。
そう深いものでない傷はすぐに治る。
だが、怪我をした事実は消えない。
は目を眇める。
「……いい度胸だ」
閻魔刀が震えてりんっと刃鳴りを発する。
僅かであっても主を傷つけられたことを憤るように。
地上で襲い来るものを避けていたダンテが、意識は攻撃を避けることに置きながらも、少しだけ視線を姉に向けた。
青いコートに散る鮮やかな赤が、彼女の負傷を嫌でも見せつける。
ダンテは目を見開いた。
一瞬、目の前にいる敵の存在すらも意識から飛んだ。
呼吸が止まる。
息が上手く吸えない。
平然としていることから傷が深くないことはダンテもわかるというのに、その時彼の脳裏を焼いたのは怒りという直情的な感情だった。
「なに、してんだよ……」
思いもよらず低い声が出たことでが自分を見たことを感じるが、ダンテは気にしない。
気にすることが、できない。
「姉貴を傷つけていいのはな、俺だけなんだよ!」
今度はが目を見開く番だった。
あんまりな言葉に、何だそれはと怒鳴りつけてやりたい気にもなったが、明らかに声音が本気なので何も言えない。
開いた口が塞がらないというのはこういうことなのか。
激昂しているダンテの後ろでぽかんと口を開けていたは、やがて薄っすらと笑った。
ダンテがキレたお蔭で頭が少しばかり冷静になった。
「そうだな……」
小さな声は誰の耳に届くこともなく、空に溶ける。
を傷つけることが出来るのはダンテぐらいだろう。
体ではなく、心という一点に置いて。
「お前だけだ」
今も昔もこれからも、変わらずを翻弄し続ける存在。
翻弄されることを唯一自身が許容した存在。
言葉は口に出さないけれども、必ず守ってみせる。
それが不器用ななりの愛の証だ。
「……感謝する」
それは目の前で暴れ狂うアーカムに対して。
の中で漸く決意が固まった。
今までの決意が所詮見せかけだけのものだったと思い知らされたのだ。
此処まで来たというのに、今さら何を迷うことがあったのだろう。
非難されても構わない。
頼まれもしないのに、こちらが勝手に守ると決めたのだ。
傷つけることすらも、守るためであるのならば。
は笑みを消し、アーカムに斬りかかる。
怒りにまかせて、ダンテもリベリオンを振るった。
互いにアーカムの攻撃を避けながら確実にダメージを与えてゆく。
それぞれがアーカムの両脇に立ったその時、示し合わせたようにダンテとは同時に愛剣をアーカムに突き刺した。
刃の半ばまで食い込んだと思った瞬間、二人の体を長い腕が薙ぐ。
力づくで投げ出された体は、それでもすぐに降り立ち、鋭く敵を見据えた。
痛みによってか暴れる巨体の脇から、剣を目掛けて二人は打撃を加える。
攻撃によって押し込められた剣は、異形の体を貫き、それぞれが内部で交差し、主とは異なる者の手に渡った。
体液を払うかのように双子はそれぞれ手に持った剣を振るう。
愛剣ではないものの、互いにその扱いは熟知している。
片割れが優雅に、あるいは派手に、それを扱う姿を隣で見ていたのだから。
横に並んだ二人は体を貫通され尚蠢く巨体に向かって剣を構え、跳んだ。
銀の軌道が二筋描かれる。
斬撃は確かにアーカムを捉えた。
着地したダンテとは敵を見据えたまま、互いの得物を放り投げる。
視線は真っ直ぐにアーカムへとやりながらも向かってくる自分の愛剣に掴んで、ダンテは背中へ、は鞘へと納めた。
ダンテは両手を腰にやり、二挺のハンドガンをくるくると器用に回しながら取りだした。
顔の両脇で構え銃口をアーカムに向けるが、左手に持っていたエボニーが弾かれ、宙を舞う。
それをの細い左手が優美に掴んだ。
「今回だけはお前に付き合ってやる」
二つの銃口はアーカムへと照準を定められている。
「“決めゼリフ”を憶えてるか?」
からかう様にダンテが言う。
は鼻で笑った。
『やめろ! 私は――!』
今さら命乞いは遅すぎる。
悪魔の力に手を出した時点で、もうすでに行き先は決まっているのだ。
父の優雅さの欠片もない醜い魔のモノに、二人は揃って口を開いた。
「「Jack Pot!」」
魔力の込められた二つの銃弾がアーカムの巨体を貫く。
穴の開いた風船から空気が出る様に、体から魔力が漏れ出してゆく。
『私は、真の悪魔の力を――!』
愚かな男は最期まで力に固執した。
固執し過ぎたが故に見失ったものを顧みずに。
何かを犠牲にしてまで自分の為に生きた男は、その時点で敗北を約束されていたのだ。
スパーダがそんな者に力を貸すはずがない。
そこに気づけば、また道は違っていたのだろうか。
「品のないセリフだ」
はエボニーを横に投げ捨てる。
それはダンテの手の中にそっと収まった。
アーカムの体は魔力を失い、段々と縮んでゆく。
半透明な体が溶ける様に消えてゆくと、その跡には一本の剣と二つの輝くアミュレットが現れた。
やがて二つのアミュレットは光を失い、アーカムがいた場所に現れた穴へと吸い込まれるように落ちてゆく。
その後を剣が追った。
走りだすのはの方が早かった。
アミュレットと剣を追い、穴の中へと躊躇いなく足を踏み込んだ。
慌ててダンテが姉の背中を追う。
ダンテとはそれぞれのアミュレットを手に、深い穴の底へと落ちて行った。