Turn End

白くしなやかな手が、細かい彫刻の施された作りつけの箪笥の中から黒いブラジャーと揃いのショーツを選び取る。
はサイズの合わない上着をベッドに放り、ショーツに片方ずつ足を通す。
そのまま紐のように細いサイドを持って足の付け根まで持ち上げた。
ブラジャーの紐を肩に引っかけ、手を背中にやり後ろの金具を留める。
次に箪笥の中からソックスとズボン、ベルトを選び出し、ベッドに座った状態で身につける。
ベルトの長さを適当に調節しながら、立ち上がって今度はクローゼットの扉を開けた。
ハンガーに掛かった上着の中から一つを選んで取り出す。
ズボンと共に出しておいたシャツに袖を通し、丁寧だが素早い動作で一番上からきっちりとボタンを嵌めていく。
下まで留まったらシャツの襟を立てて、化粧台に置いてあった白いスカーフを巻く。
喉元の結び目には血の様に赤い宝石が飾られた。
襟を戻したシャツの上から上着を羽織り、前を閉めた。
屈んでベッドの下からブーツを取り出し、もう一度ベッドに座って紐を固く結ぶ。
立ち上がると、ヒールの高いブーツを履いたせいか目線が上がった。
化粧台の鏡でざっと姿を確認する。
全身を濃紺の軍服で包みながらも、スカーフの所為かどこか貴族然とした空気を纏う女がそこにいた。
短い銀の髪を手で軽く後ろに撫でつけ、待っていたダンテに視線をやる。
しなやかに宙をかいだ指から青い魔力の光が漏れる。
【着替え終わったぞ】
形に表された言葉が真っ直ぐにダンテへと向かい、衝突する。
ぶつかったのが良くなかったのか、文字は読めるギリギリの早さで澄んだ音を立てながら消えた。
「見りゃわかるさ」
彼はベッドの反対側に座って魔力の塊がぶつけられた頭を手で擦りつつ、に答えた。
彼は着替えている間もずっとそこで見ていたのだ。
便宜上は、分断されると困るので同じ部屋にいた方がいいということだったが、全く恥じらう様子を見せずに着替えるに今は脱力している。
少しは恥ずかしがる様子が見られると思っていたのにとんだ見当違いだったと、ダンテは不貞腐れながらベッドに倒れ込んだ。
天蓋付きのベッドは上質なマットレスを使っているらしく、大した衝撃もなくダンテの体を羽毛の柔らかさが包み込む。
その腕を掴み、引っ張る腕がある。
この部屋にはダンテとバローダの二人しかいないのは確認済みなので、見るまでもなく腕の主はだとわかっている。
早く先に進もうとしているのだろうが、ダンテは何となくここで少し休みたい気分でもあった。
別段疲れたわけではないのだが、姉を取り戻し、知らず知らずの内に普段より緊張していたのかもしれない。
今ここでぼんやりと考えることができるのも少しは余裕を取り戻したという証拠だろう。
どうせなので体の休養も取っておきたい。
そうと決まればダンテの行動は早かった。
「もうちょっとゴロゴロして行こーぜ、お姉ちゃん」
掴まれていた腕を逆に掴み返し、そのまま自分の方へと引き寄せる。
油断していたのだろう、驚いたままのの顔がダンテの胸へと飛び込む。
咄嗟に引かれた方でない腕をベッドにつき膝を立てたので、がダンテの体を下敷きにすることは避けられた。
素早く顔を上げたの瞳には唐突な行動への非難の色があった。
だがダンテは姉の無言の内の抗議も苦にせず、それどころか楽しげに口笛を吹いた。
「中々いい眺めだ」
何を言っているのかと、そこまで考えた所で、今の体勢が傍から見れば自分がダンテを押し倒している構図であると、彼女は気づいてしまった。
ならばダンテが意図する『眺め』とは。
「デカくなったよな」
その一言で全てが伝わった。
スカイブルーの瞳は愉快気な色を湛えて真っ直ぐにの胸部を注視していた。
十年間で倍以上にボリュームが増えた。
十年前も現在も裸をその目で確認したダンテの実感に間違いはない。
髪や身長はそのままだというのに、何故バストだけがこんなにも変化したのだろうか。
好奇心と疑問、少しの欲望の入り混じった視線がふるふると呼吸の度に上下に揺れる胸に注がれる。
あからさま過ぎるセクシャルハラスメントである。
ダンテとしてはちょっとしたジョークのつもりだった。
たとえ九割方本音が混じっていようとも。
さてどんな反応をしてくれるのかとダンテが視線をの顔に移すと、アイスブルーは触れれば裂ける様な殺意の眼差しをダンテに向けていた。
氷の様な面からは何の表情も読み取れず、ただダンテは一つのことを悟った。
ムンドゥスを倒す前に、自分が殺される。
魔力の塊が明確な殺意を現れの様に、文字ではなくいくつもの剣を形作って展開される。
の背を中心に広がる幻影剣はまるで青い翼のようだ。
天使の名を仮として与えられていたのはこのためかと、イコンに描かれた神の使徒の如く美しい姉にダンテは感嘆のため息をつきかけたが、その光景を作り出している無数の剣が自分に向けられているものだと思うと、そう呑気に見惚れてもいられない。
敵の本拠地にいるというのに、敵悪魔でなく味方の、ましてや最愛の姉の手でハリネズミにされるのは御免被りたい。
何より、死因がセクハラだなんて不名誉にも程がある。
「痛いのは勘弁願いたいなDarling」
【痛いのがお好みだろうDarling?】
引き攣った笑みの前に突きつけられた文字が霧散する。
氷の微笑と共に降り注ぐ剣にダンテが身を貫かれると思った時だった。
体の感覚に従ってダンテは愛銃を構え、その身に突き刺さる予定だった無数の剣が軌道を変える。
天使の鋭利な羽根をその身に受けたのは部屋の中に現れた無粋なマリオネットたちだった。
鉛玉の追撃を喰らった何体かがレッドオーブをばら撒きながらバラバラに砕ける。
起き上がったは召喚した閻魔刀を握り、鞘を払った。
ダンテも立ち上がり、新たな武器であるスパーダを早速使うべく喜々として構える。
飛んできたナイフを軽く避け、ダンテはマリオネットに迫る。
マリオネットのガードの上から、振り上げた剣をそのまま下ろす。
両腕を組み合わせただけのガードは体重の乗った一撃の元に吹き飛ばされ、ダンテの追撃を許す。
大振りな刃を横薙ぎに払えば周りにいたマリオネットが一気に吹き飛んだ。
ダンテから離れた敵を曇りなき白刃が一刀の元に伏す。
は無駄のない動きで閻魔刀を振り、悪魔の宿った操り人形を只の木片へと変えてゆく。
一体のマリオネットが放った銃弾を、はかつてのように閻魔刀を回転させて払いのけた。
もう一度銃を構えたマリオネットの頭を紅の刃が弾き飛ばす。
更に幻影剣が上から突き刺さり、体が砕け散る。
その周りのマリオネットも余波を受け、スパーダや幻影剣の餌食となる。
「ハハッ! もっと楽しませてくれよ!」
数だけは多いマリオネット達を魔界へと還しながらダンテは高らかに笑った。
も口の端を上げるだけの笑みを浮かべる。
引き金を引き、剣を振るう二人の姿は優雅に踊っているかのようだった。
最後のマリオネットが弾丸に頭を吹き飛ばされ、ダンスの終焉が訪れる。
かなりの数を倒したにも関わらず、二人は息の乱れもなく平然と立っていた。
ダンテの方は、むしろ物足りなさすら覚えているようだ。
新しい武器を思う存分振るいたいのに、雑魚相手では手応えがなさすぎる。
「次に進むとしようぜ」
こくりと頷いたは、ふと思い出したようにダンテの頭を閻魔刀の鞘で殴った。
手加減はされているのだろうがそれなりに強い力で殴られれば衝撃がある。
しゃがんで頭を抱えているダンテに青く輝く文字が差し出された。
【今はこれで済ませてやるが、帰宅後を楽しみにしておけ】
どうやらマリオネットの襲撃でどさくさにできたと思っていたが、そうではなかったらしい。
ダンテは帰った後の自分の体を心配しながらも、当然のように同じ家に帰ると言う の言葉に口元が自然と緩む。
部屋の扉を開けてすぐに目に入ったマリオネットやブラッディマリー、フェティッシュたちに辟易としながらも、唇に刻まれた笑みは消えない。
構えた双銃の引き金は持ち主の機嫌に比例しているのか、とても軽かった。