悪魔の狂宴

ダンテはフォルトゥナ城でトリッシュと接触し、今は城内を歩き回っている。
かつてスパーダが住んでいたとされる城だが、それらしい痕跡も見当たらない。
展示された騎士の鎧や彫刻はダンテの興味を引く様な物ではない。
特に魔力も感じられないそれらは、この城の装飾品の意味合いが強いのだろう。
奥の方には呪術的な意味合いを持つ物も多少はあるようだが、そう強い力は感じられない。
ここがもし本当にスパーダが住んでいた城だとしたら、剣と銃以外はどうやら趣味が合わないようだと、ダンテは肩を竦めた。
「しけた城だ」
当然だが金目の物はほとんど残っていない。
展示物もそれなりの美術的価値や歴史的価値はあるのだろうが、鎧や彫刻のような大きな物を堂々と盗んでゆく馬鹿はいないだろう。
それらに何ら価値を見いだせないダンテからすれば、広いだけで退屈な城だ。
城内に現れる悪魔はリベリオンを抜くまでもなく、エボニーとアイボリーの掃射に身を喰い千切られる。
もう少し手応えのある悪魔はいないものか。
退屈過ぎて欠伸が出そうだ。
トリッシュとの会話を反芻しながら階段を登ってゆく。
閻魔刀。
本物はが持っている所を確認した。
教団が持っているのは複製品の類だろう。
彼女が愛刀を一時的でも手放して他の刀を使うはずがないし、閻魔刀が他の人間に与するはずもない。
彼女らは互いに唯一無二の主従である。
ましてや、教団の持つ閻魔刀は折れているとのことだ。
が生きている限り、閻魔刀が折れることはないだろう。
あの刀はそういうものだ。
ならば、教団の所有する刀は良く出来たレプリカか、閻魔刀と同じような能力を持った全く違う刀ということになる。
刀が求めていた物と違うとわかった今でも、無駄足ではなかったと思えるのは、の存在のお蔭だ。
ダンテは元々の手掛かりを求めて情報を探していた。
フォルトゥナは閻魔刀があるという話と、胡散臭い魔剣教団に惹かれてやって来た。
その閻魔刀自体は偽物だったとはいえ、目的の人物に会えたことには変わりない。
気分は最近ではなかったほどに、いや、十八年前に戻ったかのように浮き立っている。
拒絶されたのは残念だったが、予想していたことでもあった。
彼女がここで何をし、どうやって生活をしているか、現在の彼女の基盤となっているものは何かを考えれば、この手を取らなかったのも当然と言えるだろう。
「ずっと会いたかった」
ブーツが石の階段を叩く度に音を立てる。
ここにいると、存在を誇示するかのようにダンテは足音を消そうとはしなかった。
瞳は闇を宿したまま、しかしダンテの顔はおもちゃを前にした子どもの様に輝いていた。
鼻腔には濃密な鉄の香り。
緩やかな階段の先にいるのは。
「なぁ、アンタもそうだろ?」
閻魔刀を片手にこちらを冷たく見据える、愛しい半身だった。
「私は、お前になど会いたくなかったよ」
飢えた獣の獰猛さでこちらを見返す弟をは睥睨する。
長い髪は後ろで纏め、結い上げている。
黒く長いワンピースはカフスと襟のみが白く、さながら修道女の着る法衣のようだ。
襟を通して前でたなびくスカーフの根元には金で縁取られた鳩血色のルビーが輝いている。
カフスボタンにも同じように金縁の小粒なルビーが飾られていた。
ワンピースの上から羽織られた青いレザーのベストがぴたりと体のラインを描き出している。
スカートの裾から覗く足元のそれは特注なのだろう、ミリタリーブーツに似ているがヒールは高く鋭い。
黒と青を纏った彼女は、美しかった。
神に身を捧げた殉教者のような、禁欲的美しさだった。
生を感じさせない青い瞳は無感情な硝子玉の輝きでもってダンテを見やる。
「もう語ることはないだろう?」
黒い鞘が払われ、白銀が姿を現す。
真っ直ぐに向けられた白刃はてらりと妖艶に輝いている。
ダンテも背に負った反逆の剣を抜いた。
言葉など必要ない。
もうわかりあえないと知っているのだから。
「せっかちだな。嫌いじゃないぜ」
無邪気な子供の笑顔のままでダンテは剣をに向けた。
交わすべきは言葉ではなく剣戟だ。
互いに武器を相手に向ける。
瞬間、先に動いたのはだった。
首を狙った一撃をリベリオンが迎え撃つ。
甲高い金属の悲鳴。
防がれたと同時には下がっていた。
その残像を追う様に弾丸が放たれる。
咄嗟に横に避けた影を鉛玉の雨が追い縋る。
距離を取った場所で、は閻魔刀で銃弾を弾いた。
同時に魔力を展開させる。
彼女の後方に現れるのは無数の青い剣。
その全てがダンテに向かって放たれた。
多少の怪我はすぐに治るとはいえ、数が圧倒的に多い。
ダンテは幻影剣へと銃口を向け直す。
弾丸によって砕け散る魔力の塊。
その間を縫うようにがダンテへと迫る。
低い体勢から行われる疾走居合が襲いかかる。
一度に振るわれる刀の数は計り知れない。
ダンテの目ですら捉えることのできない斬撃。
迎え撃つなどという無謀な行為よりも、高く跳ぶことで回避することを選んだ。
真下を走り抜ける背に、跳んだその場所から剣を振り下ろす。
ダンテと見上げるの視線が交錯した。
直線的な攻撃をは閻魔刀で受けることなく、横にいなす。
避ける暇もなく、受けるには力が足りない。
体重の乗った力強い攻撃はいなすだけでも精一杯だ。
衝撃での腕が痺れる。
このまま斬り結ぶのは不利だと判断すると同時には容赦なくダンテの鳩尾をヒールで抉る様に蹴る。
スカートの裾が太腿の際どい所まで捲れようが彼女には関係ない。
スピードの乗った蹴りだったが、ダンテは後ろに跳んでいた。
再び二人の間の距離が広がる。
数秒でこれだけの攻防を繰り広げながらも、互いに傷一つなかった。
ダンテの虚ろな瞳もこの時ばかりは焼け付くように燃えている。
冷たいの氷色の瞳は青い焔を宿している。
ダンテは笑みを深めた。
「今日、ここに来るまでに何人殺した?」
まるで「今日もいい天気だな」と尋ねているような、気軽な口調だった。
斬り結んだ時、からはっきりと血の匂いがした。
まだ鮮やかな香りは今日誰かが屠られたということを示していた。
は油断なく刀を構えたまま、首をすくめる。
「さてな、五人だったか」
絡んできたから斬り捨てただけさと、こちらも世間話をしているような気軽さで答えた。
その手で絶った命にさして興味はないようだった。
「許さないとでも言うか?」
「いや、聞いただけさ」
血生臭い空間にお似合いの暗く獰猛な笑みでダンテは横に首を振った。
も唇の両端に壮絶な笑みを刻みつける。
二人はこの時、正しく悪魔と呼ぶに相応しい存在だった。
「そうか、ならば続けよう」
構えた先、言葉と同時に刀が翻る。
低い体勢から弾丸のようにがダンテに斬りかかる。
ダンテもリベリオンでそれを受け止めた。
一撃一撃が命を奪う為だけに放たれる凶刃を、ダンテはしかし危なげなく受け止め押し返す。
その押し返した刃をやはり受け止められ、新たな剣戟が襲いかかる。
子どものように無邪気に、大人の凶悪さでもって深く交わり合うように剣を交わす。
人であることを止めた二匹の悪魔が凶器を構えて踊り狂う。
互いに魔人化をして魔力が尽きるまで斬り合い、魔力が尽きて尚斬り結ぶ。
そこには理性も人格もなく、狂気と本能の赴くままに求め合い、殺し合う。
「ハハッ」
「ふっ」
二匹の悪魔が哂う。