増殖るんです

ごろんとソファの上に影が一つ寝そべっている。
影は三人は優に掛けられるはずのソファの端からはみ出して、でろりと床に落ちている。
よく見ればその影は複数の人間がくっついてできていることがわかっただろう。
一番上に表情の硬い年齢不詳の男、そのすぐ下は飛ばしてさらに下には浅黒い肌の青年、床に直接座って上半身をソファにしなだらせているのは疎らに無精髭を生やした男だ。
全員が全員個性的でありながらよく似た美貌の持ち主で、銀の髪と空の色と同じ青い瞳、赤いレザーのコートを纏っていた。
彼らが纏わりついているのは一人の女だった。
三人よりも歳若い彼女は仰向けの状態で、下からは腰を抱かれ、腹の辺りからは上に乗られ、更に首には腕を巻きつけられ動くに動けない。
うんざりと氷色が眇められる。
彼女もまた煌めく銀の髪と三人の男たちよりも僅かに薄い色の瞳、男女の差はあれども三人とどこか似た顔立ちをしていた。
「重い」
「そうか」
答えたのは一番上に乗っている男だった。
答えた割には少しも退く気がないらしく、むしろ薄い腹に頭を擦り寄せてくる。
「苦しい」
「そりゃ難儀なこったな」
相手を変えようと再び紡いだ言葉は、あっさりと首に巻き付いた腕の持ち主に斬って捨てられた。
頭頂部で軽いリップ音が聞こえる。
「暑い」
「寒いよりはいいんじゃねぇか?」
最後の足掻きは一番下の男によっていなされた。
腰に巻き付いた腕の力が強まる。
駄目だコイツらと、男二人に挟まれた上に首を抱えられているは次第にため息をつくことすら億劫になっていた。
諦めの境地に達したその姿は哀愁すら漂わせている。
顔面偏差値の異様に高いこの空間で男性三人が一人の女性に絡みついている光景は淫靡すらに見えるが、実際は親戚同士の集まりというのが一番近い表現だ。
この場にいる四人は血の繋がりがあるといえばある意味正しく、男性三人においては次元軸が異なる同一の存在であるのだ。
そして彼女は三人の、違う次元においては既に失われてしまっている女性たちの過去の姿なのだ。
「ダンテ……」
「「「なんだ?」」」
名前を呼び掛ければ三方から返事が来る。
手の掛かる弟がパワーアップして増えたなんて。
なんとも頭が痛くなるような現象だ。
は眉間に深い皺を刻みつけながら、口の端を痙攣させる。
「とりあえず、どけ」
周囲に幻影剣を展開させながら、彼女は重々しく告げた。

「あねきーーーー!!」
半裸にガンホルダーという格好で飛びかかってきた自分と同年齢の弟に、気付いた時にはは反射的に足を振り上げ、首筋にかかと落としを喰らわせていた。
銀の頭が事務所の床につっこんでいく。
穴が開いていたらダンテに塞がせようと、そのまま視線を三人の男たちに移した。
ソファに座らされていた彼らはまじまじと床と熱烈なキスを交わしているダンテを、或いは懐かしみ、また或いは羨むような視線で見下ろしていた。
が、こいつらは真性のMなのかと、つい危惧してしまったのは仕方のないことだった。
三人は未来のダンテだということで、こうならないようにさせる為にも少し暴力は減らそうと心掛ける。
今更かもしれないが。
「懐かしいな……」
小さく呟いたのは最も年長だというダンテだった。
他の二人も同意権なのか微かに頷く。
馬鹿なことをやって怒られて、馬鹿なことを言って殴られて、二人で笑って、そんな当たり前の日々がどれだけ尊いものか、わかっていたはずなのに。
失ってから気付いたのは、どれだけ自分がを、唯一の半身である姉を愛していたかということ。
喪失によって男は幼い希望を捨て、または道化を装い、果ては感情を吐露することを止めた。
「さっきの幻影剣とか、もうホントなー」
「久々に見たっていうか、あれだな、昔は毎日のように見てたんだよなぁ」
「毎日のように刺されていたからな」
懐かしむ点が若干おかしいような気がしないでもないが、これもダンテたちにとっては通常運行である。
そんなだからM疑惑が濃厚になるのだ。
は三人の会話に若干引いていた。
弟の未来が本気で心配になってきたようだ。
「って、誰だよそいつら! 浮気か!? 浮気なのか!!?」
浮気も何も、全員お前だ。
の目が生温かくなる。
お馬鹿な弟は見ていて和むなぁ。
今にも縁側で緑茶をすすりそうな慈愛に満ちた顔だ。
「よく見ろ」
は猫の仔を掴むように――実際に彼女が猫を掴む時はもっと優しく丁寧だが――ダンテの首をわし掴むと、三人の前に引き出した。
目が合った途端に未来の自分に警戒する姿は、鏡像を威嚇する子犬のようで微笑ましい。
あくまで視点であって警戒されている三人からすれば、普通にガンつけられている上に銃まで出されそうなのだが。
しかしダンテは、ん?と首を捻ると、姉の方を振り返った。
「親父の隠し子かなんかか?」
なるほど、妥当な意見である。
悪魔の力を持っているのは感知できているようだし、それがスパーダ由来のものだという推理も合っている。
まさか違う世界の自分がやってくるとは思うまい。
脳みそがないと常々言われているダンテにしては鋭い判断だ。
及第点どころか合格点をやってもいいだろう。
は弟の進歩を目の当たりにして、似たようなものだと頷いた。
「違う世界の、もしかしたらお前の未来に成り得る奴ららしい」
「……えーっと?」
合格点は取り消しだ。
言葉にされた途端に理解できなくなったらしく、ダンテはおずおずとを見る。
その動作が主人の機嫌を窺う子犬のようでは内心和んでいた。
発情しなければ可愛いのだが。
そんな姉の心を弟は知らない。
「つまり、未来のダンテ(仮)ということだ」
あまりにも突飛な話しにダンテは硬直した。
だがそこはデビルハントなどという常識外れの職業を生業とする男、驚異的な状況把握能力を見せる。
まずダンテは三人をまじまじと見つめた。
三人の中で一番若いダンテがおどけて手を振り、無精髭を生やしたダンテがに気障な動作でキスを投げかけ、最も年長のダンテは腕を組んだまま何も言わなかった。
ダンテがエボニーとアイボリーを構えると、三人のダンテは何をするのかと興味深げな視線を送り、逆には興味なさげに銃を一瞥しただけだった。
慌てて止める様子や驚く様子など一切見られない。
表情も余裕そのものだった。
長年共にいる姉がその反応なのはわかるが、唐突に銃口を突き付けられた三人の反応は理解できない。
銃を放つわけがないと高をくくっているのか、当たらないという自信があるのか、或いは、すぐに塞がるから撃たれても問題ないとでもいうのか。
くるくると銃を手元で遊ばせながらガンホルダーに戻す。
「証拠は?」
尋ねれば全員が顔を合わせ、無言の内に懐を探る。
コートの内側から引きずり出された鎖の先には、赤い宝玉が煌々と輝いていた。
ダンテの寝室にある分を合わせれば、今ここに魔界と人間界を繋ぐ鍵が四つもあることになる。
は、アーカム辺りが見たら喜びのあまり失神しそうだなと、冷静に観察していた。
「Okey、納得はできないが理解はした……」
突き出されたアミュレットが本物だとわかると、心底嫌そうな顔でダンテは首を振った。
三人が座る席の向かいのソファに座ると、もその横に静かに腰掛ける。
はこっち来いよ」
「ああ、坊やの俺はそっちにいろよ」
席順に異議を唱えたのは三人の中では最も若いダンテで、それを援護するように口を開いたのは髭のダンテだった。
やっと落ち着いたかと思われたこの世界のダンテが二人の言葉に噛み付く。
「ふっざけんな! は俺のだっつーの!」
「いーじゃねーか、減るもんじゃなし」
「俺達もダンテなんだから、お前のもんは俺達のもんでもあるだろ?」
正しいような間違っているような、何とも言えない理論だ。
当の彼女からすれば、誰がお前らのものになったかと、幻影剣の一つでも飛ばしてやりたいところだが、先ほど決めた弟をこれ以上変態にしないという決意の元にぐっと堪えた。
育ての姉というのも楽ではない。
ぎゃいぎゃいと騒いでいるダンテたちをよそに、最年長のダンテは腕組みをして黙っていた。
何を考えているのか、何も考えていないのか、表情の硬い彼から窺い知ることは難しい。
の視線に気付いたのか、ふと彼は顔を上げた。
薄氷色と深みを増した空色が絡み合う。
「……
彼はまだ幼い姉の名を呼ぶと、腕を解いておもむろに自分の膝をぽんぽんと叩いた。
そこに乗れと!?
気付いた他の三人のダンテに喰ってかかられている姿を見ながら、何処のダンテも根本は変わらないと、一人ため息を吐き出した。



一周年リクエスト企画「3ンテと夢主の所に初代、髭、2様が来る」無記名