彼と彼女の暗躍事情

暗い木々の奥に隠されるように、家と呼ぶには簡素だがしっかりと手入れがなされた一つのコテージのような建物があった。
静けさを湛えたような森の中で、そこだけがやけに騒がしい。
「なぁ、ネロも大きくなったんだし、そろそろ帰って来いよ」
ダンテはに縋るような眼を向けた。
顎に疎らな髭を蓄えた姿は彼の生活が如何に不摂生であるかを表している。
は哀れっぽい声で懇願する弟に目もくれず、閻魔刀を磨いている。
彼らは血の繋がった双子の姉弟であり、血縁上籍は入れられないものの子まで設けた内縁の夫婦であった。
今はお互い遠く離れた場所に住んでいるが、こうやってダンテがの所を訪れることで月の半分は生活を共にしている。
それでも我慢できないダンテが度々にスラム街の事務所への帰還を請うのだ。
最近はそれがとみに増えている。
「元々は産まれるまでって話だったじゃねーか」
仲が険悪でもないのに何故別居しているのか。
事の発端は今から十余年前のことである。
妊娠が発覚して直後、半ば無理矢理性的行為を受けていた姉がついにぶち切れた。
ダンテが瀕死になる程度に一方的な攻撃を加えた後、彼らは手探りながらも本音で意見を交わし合った。
あの時は若かったと、九割方本気で最愛の弟を殺しにいったは語る。
互いに家族愛だけではない、異性へと向ける愛情を持っていたのだ。
ただ、それがすれ違っていただけで。
あの時は若かったと、一歩間違えれば姉を愛しさのあまり監禁していたかもしれないダンテが語る。
やること考えることが極端な辺り、似た者同士である。
結論として、彼らはもう一度家族になった。
双子の姉弟から、今度は一児の子を持つ親として。
二人の総意で胎の中にいる子を産むことになったが、問題は環境だった。
スラム街は出産にも育児にも良い場所とは言えない。
それどころか、最悪と言っていい部類に入るだろう。
一度ぶち切れたの暴走は止まらなかった。
理性的な人間を怒らせると手に負えないという典型的な例である。
ダンテに事務所でのステイを命じた上で、自分は身重の体で一人フォルトゥナの森奥に居を構えたのである。
フォルトゥナを選んだのは父であるスパーダがかつて住んでいたという城があったのが気になったのと、その父を崇め奉る宗教に興味を抱いたためである。
純然たる興味だけというわけではなく、冷やかしや侮蔑が混じっていたことは否めない。
だからこそ彼女は人気のない森に住むことを決めたのだ。
監視というよりは観察に近い。
悪魔を神に据える宗教はいずれ悪魔の力を求める。
例え崇める悪魔が人間に肩入れした異端であろうと悪魔には変わりないのだから、そのような存在を讃えるべきではないのだ。
「そろそろ教皇が大規模な事をやらかしてくれそうなんだ、こちらにいた方が面白いだろう」
仕上げに油拭い紙で刀身を拭われた閻魔刀を鞘の中に収めると、は漸く口を開いた。
手入れの道具を手際よく片づけながら、視線を合わせようとしない。
ダンテは腕を組んで壁に凭れかかったままを半目で見据えた。
「で、本音は?」
「こっちの方が空気がいい。あっちは生ゴミ臭い」
スラム街だから変えようもない所をついてくるのは性格の悪さの表れか。
氷色の瞳が眇められ、しょぼくれて情けない顔をしたダンテを映す。
折角の男前が台無しだなと、喉奥で笑った。
手入れの道具が入った箱を部屋の隅に寄せて、それまで床に正座していたは足を崩した。
膝の上に我が子を抱くような優しい手つきで閻魔刀を引き寄せる。
「一段落ついたら帰るさ。ネロがどうするかは知らんがな」
「まだ話してなかったのか?」
「あそこの騎士団長と仲が良くてな、どうにも話しにくい」
一人息子は環境の違いもあってか両親よりも随分と真っ直ぐな性格に育った。
よく言えば素直な子で、腹芸ができるほどの器用さを持ち合わせていない。
今色々と吹き込んでぎこちない行動をして怪しまれるより、その場で証拠を見せながら説明した方が本人も納得しやすいだろう。
「教団に対しては色々思う所があるが、息子の友人関係を壊したくはないだろう?」
「そりゃそうだな」
息子可愛さに怪しげな教団をギリギリまで放っておく母親が親馬鹿ならば、それに同意する父親もまた立派な親馬鹿である。
この二人がモンスターペアレンツになったら手に負えないが、そこは流石の前世日本人な常識人、弁えている。
こうやって本人がいない所では過保護を発揮するが、息子の前では躾に厳しいが本当は優しい、強くて頼れる母親をやっている。
ダンテの方はといえばまるで駄目な親父と実の息子に称されるマダオっぷりを家庭内では晒しているが、戦いを教える時には強くて格好いい父親である。
本人に伝えられる日は永久に訪れないだろうが。
「じゃ、いつ仕事にかかれるんだ?」
「魔剣祭の日がいいだろう。地獄門はこちらで全部潰しておくから教皇、およびその周辺の悪魔を消せ」
ダンテが承諾しようとの顔に視線を移すと、難しそうな顔で閻魔刀を撫でている。
これはまた何か考えているなとダンテは口を噤んだ。
「だがネロにもそろそろ大型悪魔との戦いを経験させた方がいいか……」
もう息子も17歳である。
ダンテとが事務所を構えたのは18の時で、その頃には何度か大型悪魔との対戦も経験していた。
余談ではあるが、とダンテの別居生活が始まったのもその頃である。
真新しい事務所で一人きりのダンテは寂しさのあまり月の半分を姉のいるフォルトゥナで過ごすことを決めたのだ。
閑話休題。
兎に角、いつまでもスケアクロウなどの小物ばかり相手にさせていては実力が付かない。
独り立ちをさせるためにも、一度は強力な悪魔との戦いを経験すべきだ。
ダンテやとの組み手では、どうしても互いに身内への甘さが出て手加減してしまう。
「よし、ダンテはネロのサポートに入れ」
「そっちはどーすんだ」
「私の役目は変わらないさ、地獄門を潰すだけだ」
肩をすくめるの真意をダンテは正確に読み取っていた。
息子に嫌われたくない、たとえそれが一時的であろうとも。
教団を敵に回すということは、教団に友人を持ち、その内部に半ば組み込まれているネロにも敵対することに他ならない。
挙句、そのサポートということは必然的にネロの目の前に姿を現し接することが多くなる。
は敵意の込められた瞳で愛息に睨まれるのが嫌なのだろう。
「俺、そっちの役目の方がいいんだけど」
「はしゃぎ過ぎて羽目を外すだろう? 却下だ」
地獄門が開かれた時、その周りには大型の悪魔がいる筈だ。
それを蹴散らすのであれば、ダンテの方が適任に思える。
だが宥めるような視線に鮮烈な色を見てダンテはそれ以上の反論を投げ出した。
悪魔の性と言うべきか、穏やかなように見えて実の所は中々の過激派で、本人は否定するだろうがダンテほどではないものの戦うことを楽しんでいる部分がある。
子育てに忙しくてずっと楽しんで戦闘する機会がなかったのが遂に限界に来たようだ。
今回羽目を外すのは彼女の方らしい。
犠牲になる悪魔に追悼の意を表し、ダンテは心中で十字を切った。
せめて普通に死なせてもらえてばいいが、きっと彼女は猫が鼠を甚振るように遊んで遊んで散々飽きるまで楽しんでから、一方的に別れを告げるのだろう。
そろりと閻魔刀を撫でる繊手が妙に恐ろしく感じられてダンテは顔を逸らした。
「Okey、できるだけネロを戦わせるようにすればいいんだな?」
「ああ、私も終わり次第そちらへ向かうようにする」
本気でやればそう時間はかからない筈だが、どれぐらい遊ぶつもりなのだろうか、冷たい汗がこめかみを伝う。
ダンテは今度こそ手で十字を切って、の訝しげな視線に晒されながらも、弄ばれるであろう悪魔たちの冥福を祈った。

斯くして、魔剣祭の日、一発の銃声と共に幕は上がらん。



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