教育は計画的に

天の国にましますお母様へ。
拝啓
吹きつける風が熱を孕み夏の兆しが目にも明らかになってまいりました。
お母様は心安らかにお過ごしでしょうか。
死後の世界が如何なるものかこちらからは知り様がありませんので心配です。
私は現在、奇妙な現象と対峙しています。
「……ダンテ」
「「おう」」
弟の名前を呼ぶと声が二つユニゾンで返ってくるのです。
私の目の錯覚でなければダンテが二人、並んで見えます。
そしてもう一人。
「いい加減正気に戻れ」
何だかとても私によく似た格好のバージルという男性がいます。
持っている刀も見覚えがあるというか、私の持っているものとよく似ているというか、どう見ても同じです。
お母様、は少し疲れているのかもしれません。
でも大丈夫、私は今日も明日も頑張ります。
敬具

原因はお決まりといえばお決まり、仕事で訪れた古びた屋敷のある一室、妙な結界の張られた場所をダンテが力づくで破ったことだった。
というのも、はその時違う部屋で現れる悪魔の殲滅を行っていたので、ダンテの暴挙を阻止することができなかったのだ。
通常結界が張ってあるということは、そこに何かを封じてあるか、或いは守るためか、逃亡を防ぐため為か、そのどれかしかない。
受けた依頼は現れる悪魔を滅ぼすことであり、重要な物が眠っているという話は聞いていない。
守護という目的の可能性は薄い。
逃亡を防ぐにしても、結界の中に生き物の気配はない。
ならばさて何が封じてあるのか。
好奇心を大いに擽られたダンテを、姉が見たならば眉をひそめていさめただろう。
何が潜むかわからない藪を、わざわざつつく趣味は彼女にはない。
だがストッパーのいないダンテは感情の赴くままに結界を破り、その結果が今に至る。
「で、そちらは?」
「似たようなものだ。こちらは愚弟が結界を破る前にお前らが現れたというだけでな」
現状を確認する姉と兄の足元で、元凶二人組はうつ伏せに倒れ各々頭を踏まれていた。
背中にはお揃いで閻魔刀が突き刺さっている。
血に塗れた姿は場所と相まって不気味なオブジェのようだ。
当然、地面を円状に広がる血液は自前である。
状況説明の時点でやかましく騒いでいた弟たちに苛立った二人が、静かにさせるため実力行使に及んだのである。
「で、だ。確かめたいことはあと一つ」
はダンテに刺さる閻魔刀を見遣った。
自分の従者であるものとそっくり同じ刀を持ち、ダンテを弟と呼ぶ男。
しかも恰好は殆ど同じである。
もう一人の閻魔刀の所有者たるバージルも同じことを考えているらしく、鋭い目で正面の女を睨みつけた。
「つまりお前と私は平行世界の同一人物、ということか」
「……認めたくはないがな」
思う所はあれど、はバージルの言葉に頷いた。
意識が違うとはいえ、性別の違う自分を目の前に出されているのだ。
認めたくないのも無理はない。
とて前世が女性であった分、今世が男性体でないということがどれだけ有難かったのかを見せつけられた気分だ。
自分が男だったらと思うと、自然と眉間にしわが寄る。
中身が違う人間であろうと、同性ならばまだ見ていて違和感がなかったろうに、世の中は儘ならない。
「お前は、バージルは」
言い惑う
平行世界の同一人物だからこそ気になることがある。
「前世を信じるか?」
――お前も私と同じなのか?
「前世? たしか仏教の観念か」
の問いへの返答は訝しげなバージルの表情の中にあった。
例え平行世界で同じ人物の座にあっても、完全に同じではない。
胸にあるのは虚しさか、やるせなさか。
「ああ……、いや、いい。忘れてくれ」
思わず拳を強く握ると、力がかかったのか下から「ぐえっ」と引き潰れた蛙の呻き声の様なものが聞こえた。
が、二人ともさも何も聞こえなかったかのように振舞う。
は話を切り替えるように振り返って結界のあった場所に目をやって、バージルへと向かい直した。
彼もさほど気にした様子もなく話に乗る。
「空間転移というよりは、時空転移だな」
「魔術の一種だとは思うが、この屋敷に何か手掛かりがあればどうにかなるだろう」
「本と、呪具を中心に調べるか」
淡々と打開策を考える二人は、魂は違えども同一人物、やはり似ていた。
一方、踏みつぶされている二人もやはり同一人物、それなりに仲良くやっていた。
「俺んとこさー、いつもこんな感じよ。今日だって俺はなんにもしてないのにこの有様だぜ。そっちは?」
「俺んとこもこんなんだな。まあ何かしなければボコられねーけど、その基準がなぁ」
「あー、わかるわかる。とりあえず気に触ればすぐ殴るみたいなとこあるよなー」
「そうそう。いや、俺が全面的に悪いんだろうけどさ、もうちょっと優しくしてくれてもいいのに」
兄を持つ方のダンテが不自由な格好ながらも首を傾げる。
頭を踏まれたままであるので、ごりっと固い音がした。
「普段はそんなに殴られねぇの?」
「俺が何かしなければそんなには」
「へぇ、男女の差か?」
その言葉に姉を持つダンテが今度は首を横に捻った。
「つか、そんなに殴られんのか?」
「ああ、結構理不尽な理由で。ソファ座ってたら「邪魔だ」の一言で閻魔刀刺されたり、何もしてねぇのに「目障りだ」って蹴られたりとか」
「うわマジで? 大変だな、そっちは。俺でよかったぜ」
少なくとも邪魔だから、目障りだからという理由で暴力を振るわれたことはない。
朝起きないからというだけの理由で閻魔刀の殴打を喰らったりすることはあるが、それはまあ愛の鞭ということで。
今こうやってダンテが転がっているのも、中に何があるかわからないような結界を不用意に壊した罰と、後は心配の裏返しだろう。
照れ隠しとはいえ心配が即暴力に変わるのだから、日頃頭脳派の筈の姉もやはりダンテと同じ血が流れているのだと思わずにはいられない。
わいのわいのと弟組が盛り上がっていると、その背から刃が抜かれ、頭に掛かる重みが退かされた。
「ではさっそく、私は二階を調べる」
「俺は一階を回ろう」
どうやら話は着いたらしい。
早速役割分担をする二人に、ダンテたちは床から起き上がり、服の埃を払う。
「俺らはどーする?」
「俺は姉貴に着いてくわ」
「んじゃ、俺は適当にそこら辺にいるから」
二人のダンテの存在をすっかり失念していたバージルとは顔を合わせた。
同時に弟がいる場合の作業効率について考える。
の方は問題ない。
今回は自分が原因だということを理解しているので大人しくしているだろうし、そういう風に躾けてある。
母を亡くして以来、母代り兼姉として育ててきた実績は伊達ではない。
問題はバージルだ。
うろうろしているという言葉の通りに部屋を呑気に散策するダンテに出会ってしまえば、ついうっかり閻魔刀を向けて、そのまま兄弟喧嘩へと発展しかねない。
これが躾の差である。
「……私が引き受けよう」
「……すまない」
珍しく素直に謝ったバージルは、の姉としての対応に同じダンテを弟に持つ兄として感じることがあったのだろう。
だがそれは決して優しくすべきという方向でなく、少しは常識を叩き込んで静かにさせるべきというダンテにとってはありがたくない方向にだ。
今後、閻魔刀の血が渇く暇があればいいのだが。
ダンテの死亡フラグが立つと共に、バージルは背を向けて部屋を出て行った。
宣言通り、一人で一階を回るのだろう。
「さて、二人ともついて来い」
「えぇー、俺だけじゃねーのー」
「俺もかよー」
「お前とバージルが喧嘩になるとそれだけ時間を喰うことになる。私達がさっさと帰る為、お前にも大人しくしていてもらう」
ダルそうな自分が育てたのではない方のダンテに、子どもに言い聞かせるように、というには少し威圧感を込めて言い含める。
は二人のダンテに背を見せて、階段へと向かっていく。
その後ろでダンテたちは顔を見合わせ、厚く積もった埃をゴツいブーツで蹴散らしながら足並み揃えて歩き出した。

どれほどの時間が経っただろうか。
目ぼしい物を集めて吟味しながらバージルは二階へと足を運んだ。
調べている最中に二階が騒がしかった気もするが、さてどうなっただろうと数ある部屋の中、気配が固まっている場所へと進む。
ノックをしようかと考えて、三人もいるのだからその内一人くらいは気配を察しているはずだから不要だろうと、扉を開ける。
「ああ、そちらは終わったか」
こちらはもう少し掛かりそうだと、傍らに本を積み上げたがバージルにねぎらいの視線を投げかける。
だが彼が見ていたのは優しく微笑む顔ではなく、その足元で全身を縄で縛られ芋虫のようになっている弟の姿だった。
縄の上には青い紋様が浮かび上がっており、ただの縄ではないことを示している。
バージルは持っていた物を床に置いて、うねうねとしか動けないダンテを観察する。
ついでに足先で転がしてみた。
「うー! うーうーうー!」
蹴られて仰向けになったことで兄を視覚に捉えたダンテが喚くが、言語として誰かの耳に届くことはない。
縛られている割にはやけに静かだと思っていたら、布と縄で猿轡を噛まされていた。
なるほど、言葉にならないので喋らなかっただけかと、バージルは思い当たる。
「プッ」
「ああ、五月蠅かったのでな」
少々拘束させてもらったという言葉の割には、固く縛られ、あまつ封印さえされている。
無様だ、あまりにも無様で間抜けだ。
普段デビルハンターとしてスタイリッシュに戦う弟の哀れな姿を、バージルは込み上げる衝動のまま遠慮なく笑う。
「くくくくくく、っははははははははははは!」
「ううー! ううっうんううーー!」
笑うなと言っているのだろうが、その姿を見てどうして笑わずにいられるだろう。
抗議するための呻き声が逆にバージルの笑いを誘う。
これだけ思い切り笑ったのはどれくらいぶりだろうとバージルが考えていると、パタンと本を閉じる音がして、次いで指を鳴らす音が高く響いた。
縄の上を這っていた青い紋様が散る。
「こちらも終了だ」
手に持った本が収穫物らしい。
は閻魔刀を振るい、ダンテの縄を解く。
バージルとしてはそのままの方が静かでよかったのだが、移動することを考えると誰かが芋虫ダンテを引きずる羽目になるので、自分がやらされては面倒かと口を閉ざした。
もう一人ダンテがいれば引きずらせるのにと考えて、この部屋にバージルを含め三人しかいないことに思い至る。
「お前の弟はどうした」
「本以外の物を探させている。魔力が籠っているなら何でもいいから持って来いと言っておいた」
勘はいいからなと、は弟の気配がする方に顔を向けた。
バージルもつられてそちらを見る。
同じダンテだというのに一方は縛られて床に転がされ、片や手伝い程度には使える人材となっている。
何が違うのだろう。
「……『馬鹿と鋏は使いよう』という言葉が極東の国にある」
ぽつりと、バージルの考えを読んだようなタイミングでが口を開いた。
「愚か者でも使いようによっては役に立つ、という意味だ。わかるか? 私の弟とお前の弟の違いが」
「いや……」
外見も馬鹿そうなところも同じだというのに、何が違っているというのか。
バージルには見当もつかない。
素直に首を振る。
「知能、性格などの面ではそう変わらないだろう。だがな、ちゃんと役目を与えてやること、少しの失敗があっても任せるのをやめないことだ。そうすれば多少はマシになる。犬の躾と同じさ」
弟を犬と同等扱いする姉も姉ならば、それに納得して深く頷いている兄も兄である。
「それが『馬鹿と鋏は使いよう』ということか……」
「ああ、こちらが我慢すればいい。辛いだろうが、これも上の兄弟の役目だ」
「わかった」
その後も飴と鞭がどうのこうの、時間は短く命令はわかりやすくと、どう考えても犬の躾でしかない言葉がぽんぽん飛び出す。
数分後、姉に命じられた通り魔力の籠った品を持って来たダンテが見たものは、やけに意気投合した姉兄の二人と、その足元で三角座りをしている自分と同じ姿の男だった。
芋虫状態から解放されたダンテに話しかけるも、彼は猿轡を外した後も固く口を閉ざし、何も喋ろうとしなかった。



一周年リクエスト企画「夢主とバージルと2人のダンテが鉢合わせ、姉兄意気投合してダンテ×2をこき下ろす」 蒼氷様