Like a pet
蝙蝠を纏う妖艶なる魔女に迎えられ、真っ先に双子が行ったのはどちらが先に戦うかを決めることだった。
「少し待っていてくれ」
はやる気満々のネヴァンに冷たく告げると、弟と向き合った。
ダンテの方も双銃を構え、戦う意志を見せている。
閻魔刀の鯉口が既に斬られているのに気づいた時からだ。
「順番から言えば私の番だろう、お前は下がっていろ」
「俺が誘われてたろ!?」
「この塔に入った時に話し合っただろう!」
この双子、麗しい外見からは想像がつかないほど血の気が多い。
常識人でストッパーに見えるの方も、悪魔に関しては目の色が変わる。
彼女にとって悪魔との戦いは日頃のストレス解消でもあるのだ。
どちらも強大な悪魔がいれば我先にと飛び込んでいく所があり、いい所でとどめを刺されてはつまらないと塔の中で交互に戦うことを決めていた。
プライドの高い悪魔が聞いたら憤慨しそうな事実である。
実際、魔具になっていたケルベロスは二人の会話につっこみを入れ、の動物撫でテクニックの前に屈服した。
彼女は対動物に関しては悪魔狩り以上のプロフェッショナルだ。
ケルベロスは話し合う前に二人で倒したのでノーカウント、それから先はを先攻にして順調に進んでいた。
だがここで、ネヴァンがダンテに挑発を仕掛けたことで話はややこしくなったのだ。
「んなこと言ったらアグニとルドラだって二体いたのに両方ともが倒したじゃねーか!」
「うっ!」
二対二で戦えばよかったのかもしれないが、それでは面白くないと彼女が一人で片付けてしまったのだ。
自覚していただけにそこを突かれると反論ができない。
仲間割れしている二人を横目に、ネヴァンは退屈を持て余しながら蝙蝠を指先に戯れさせている。
攻撃を仕掛けずにちゃんと待っている辺り、意外と律儀な悪魔である。
「……わかった、確かにあれは少しずるかったかもしれない」
数だけで言えばダンテはジェスターとリヴァイアサンの二体、はギガピードとアグニとルドラの三体を倒している。
不公平と言われても仕方がない。
先にルールを決めようと言い出したのはである。
その張本人がルールを破っては意味がない。
「いいだろう、アレの相手はお前に譲ってやる」
は苦い表情で閻魔刀の鍔から親指を離した。
広範囲の攻撃しか届かないであろう場所へと身を寄せる。
「よっしゃー! 愛してるぜDarling!」
「調子がいいな」
ふっと困ったものを見るように笑うその瞳は優しい。
「お話は終わったかしら?」
手持無沙汰だったらしい魔女がツカツカとダンテに近づく。
リベリオンを背から抜いて、ダンテは不敵に笑う。
「待たせたな、楽しませてくれよ。帰りたくなくさせてくれるんだろ?」
「ええ、たっぷり遊んであげるわ」
魔女は雷を吐きながら、誘うように自らのくびれた腰の部分を手で見せつけるように撫でる。
蝙蝠と雷を操っているが、恐らく淫魔の類だろう。
相手が女淫魔ならばの方が相手として適しているのだが、ダンテが戦いたいと言うのだから仕方がない。
弟に甘いのもそろそろ改めた方がいいかもしれないと、は飛んでくる雷撃を伴う蝙蝠を避けながら考えていた。
ネヴァンは劇場を根城にする悪魔らしく踊るように歌劇の一幕のように攻撃してくる。
刃と化した影を翻し刻まんと迫る優雅な舞をダンテは器用に避けて、魔力の込められた鉛の弾丸で魔女の身を守る蝙蝠を削る。
蝙蝠を剥がされその身に斬撃を喰らえば、嬌声に似た悲鳴がネヴァンの艶やかな唇から洩れ出る。
だが唐突に影を纏い半球状になったかと思うと、新たな蝙蝠たちを集めその場を脱した。
ネヴァンが舞台の上に戻る。
高らかな哄笑に呼応する様に床が白む。
と同時にダンテ、ついで自分のいる場も白く放電していることに気付いたも跳んだ。
一瞬遅れて雷が迸る。
範囲が床全体ともなると流石の魔女もそう長くは続けられないのか、光っていた床は二人が着地する頃には石本来の色を取り戻していた。
「っハァ!」
リベリオンを前に突き出し向かって来たダンテを、待ち構えていたかのように魔女は笑う。
「Get ready」
くるりくるりとその身と影の刃を回転させる。
勢い付けて攻撃に走ったダンテは避ける術なく刻まれる。
後ろに跳んで威力を軽減させようとするが、如何せん、自分の攻撃の勢いが付き過ぎていた。
そう止まれはしない。
「アッハハハハハハ! アハハハハハハハ!」
「てっめ!」
顔についた血を親指で拭い、笑う魔女に斬りつける。
激しい斬撃にも魔女は高らかに笑っていた。
蝙蝠ごとやかましく笑う頭をかち割ってやろうとした上からの刃を受け止めるものはなく、蝙蝠の群れがダンテの左右を通って行く。
「How’s this?」
床を滑るように移動しながらネヴァンは雷を纏った蝙蝠を飛ばす。
時折の方にも流れ弾が飛び、不愉快そうに避けている。
反撃をしたいのにできない彼女は心底つまらなそうな顔をしていた。
「遊んでないで早く終わらせろ」
「折角譲ってもらったもんを、すぐに終わらせちゃ勿体ねぇだろ!」
姉の小さなぼやきを耳で拾える程度には、ダンテにも余裕がある。
デビルトリガーを一度も引いていないのが遊んでいる証拠だ。
戦いに集中すればもっと早く終わるだろうに。
は聞えよがしに舌打ちをした。
「勝手にしろ」
ネヴァンがダンテとの戦いに熱中しているのを確認してから脇の扉に手を掛けてみるが、当然のように結界が張られている。
此処から出られれば次に進む為のアイテムが取れるだろうと予測はついているのだが、にはどうすることもできない。
結界が解けるのは、結界を張った悪魔が敗北するか、結界を発生させている装置を解くしかない。
悪魔は現在弟が交戦中、の手出しは禁止されている。
いっそダンテの方を攻撃してやろうかと思って、その不毛さには虚しくなった。
暇つぶしに現在待機中のケルベロスを普通の大型犬ほどの大きさにさせて、徹底的にボディケアをする。
爪を均等に切り揃え表面を磨き、耳の内側をコットンで優しく拭ってから綿棒で掃除し、口を開けさせて歯石をチェック、これなら問題ないかとガムを与え、ケルベロスが夢中になって噛んでいる間に全身のブラッシングをする。
水場がないのでシャンプーは家に帰ってからだ。
時折こちらに向かってくる蝙蝠や雷撃を避けながら、ブラシをかけ続ける。
最初はガムに専念していたケルベロスも、のブラシテクの前に恍惚の息を吐きながらぼんやりと宙を見ている。
ぴすぴすと鼻を鳴らす様は完全に犬だ。
どこからどう見てもただの犬である。
この光景を見てケルベロスが氷を司る魔界の番犬だとわかるものはいまい。
肉球にクリームを塗られ全身にマッサージを施され、ケルベロスは今まで感じたことがないような心地よい疲労感に見舞われた。
疲れているはずなのに全身が軽い。
体がくったりとしているのをいいことにが喜々として首輪を着けようとしていることも、彼にとってはこの際どうでもいい。
むしろこうやってマッサージをしてくれるなら喜んで着けてやろうと、悪魔のプライドを放り投げたことを考えていた。
やかましいシャウトが聞こえるまでは。
舞台から激しく火花が飛び散り、その上でダンテが舞台演出に負けない激しさでギターを弾いていた。
どうやらいつの間にか戦いは終わっていたようである。
ギターはネヴァンが変化したものだろう。
新しい魔具を手に入れる度、ダンテがノリノリで阿呆なことをやらかすのはもう病気の様なものだとは諦めている。
「見ろケルベロス、あれがお前の主だぞ」
生温かいと言えばまだ聞こえはいいが、何か悟りきったような瞳は何処か虚ろに、はしゃぐ弟を見ている。
そうか、あれが我が主か。
ケルベロスは自分にかけられた首輪が、あの男に呆れて逃げ出せないようにするためのものだと言葉もなく理解してしまった。
ラストスパートに入ったのだろう、膝で床を滑りながら仰け反ってギターを鳴らす男と今施された至福のボディケアを天秤にかけて、の指を選んでしまったケルベロスは悪魔らしく欲望に忠実だった。
もういっそが主であればよいのだろうが、彼女の僕である閻魔刀が自分以外に手で使う武器を持つことを嫌がるらしい。
魔界の常識である弱肉強食と彼女の魔具に対する優しさをケルベロスは恨んだ。