第一次姉弟喧嘩終戦

ドアには鍵を掛けて、携帯電話の電源を切る。
事務所の電話機は当分鳴らないだろう。
エンツォには後で詳しい事情を説明しなければならないと思いながらはソファに赤ん坊を寝かせた。
デビルハンターが二人揃ってまだ名前もない赤子に振り回されている。
笑えない現実にいっそ笑ってしまうべきか、彼女には判断が付かなかった。

「……は…………だ」
「ん?」
聞き取りづらい声にダンテは首を傾げる。
は赤ん坊の隣に腰掛けて、弟を見ずに今度ははっきりと吐き捨てた。
「他に隠し子は何人いるんだ」
心当たりがないわけないよなと当て擦られて、ダンテは視線を宙に彷徨わせる。
正直、何人の女と関係したかなど覚えていない。
顔を見ればわかるかもしれないが、今ここで名前を挙げろと言われたら困り切ってしまう。
そんなダンテの内情を見透かしているのだろう、返事がないにも関わらず納得したようには詰めていた息を吐いた。
「なるほど、では他にもいるかもしれないというのは否定できないわけか」
皺の寄った眉間をぐにぐにと揉むその顔は今後現れるかもしれない第二、第三の面倒事を憂えている。
「生き物の本能として種の保存がある。まあつまりは子作りだ」
ぽつりと、感情の読めない顔では語り出す。
内容は現状に関係あるような無いような、聞き様によっては現実逃避にも受け取れる。
だがそうではない。
彼女が、そう易々と現実から逃げたり、ましてやダンテを逃がしてやったりなどするはずがない。
「でもこうしてその成果が目の前にある以上、いらないよな、その下半身にぶら下がっているブツは。もう遺伝子は残ってるわけだし」
冗談などではない。
彼女は、ダンテの姉にして恋人であるは、本気だ。
重苦しい彼女の魔力が事務所内に渦巻く。
手には閻魔刀。
間違いなく本気だ。
ダンテは慌てて説得を試みる。
「おいおいおいおいおい、あんたと恋人になってから俺は他の女と遊んでねーぜ!?」
それこそプロから素人までより取り見取りだったダンテだが、愛しているのはだけだ。
寛容なようで意外と潔癖な所もある彼女に二股を掛けていると思われたら、命か恋人かを永遠になくすことになることぐらい普段使いことが少ないと散々言われている脳みそでも理解できる。
故にいかがわしい店に足を運ぶことはあれど、女と寝ることだけはしなかった。
「人間、感情が理性に追いつかないこともあるだろう」
平たく言えば、ムカつくから大人しく斬られろということだ。
彼女の怒りは収まりがつかない所まできているらしい。
それこそ、ダンテの血を見るまでは。
「なくなって夜寂しくなるのはあんただろ!!?」
「そんなに自殺願望があるなんて知らなかったな」
ふらりと立ち上がる姿は幽鬼のよう、見る者の恐怖を煽る。
アイスブルーの瞳が殺意に揺れる。
艶やかに濡れた唇は薄らと弧を描いていた。
ダンテの目の前に、今までに見た誰よりも悪魔らしい悪魔がいる。
背に負ったリベリオンが恐怖に震えているのは気のせいだろうか。
気のせいではないと、ダンテは自分の手を見て悟る。
震えているのは剣ではなく自分だけれども。
「ははっ、嫉妬か」
身に圧し掛かる重い空気に負けぬよう、ダンテは顔に笑みを刻みつけた。
の笑みが掻き消され、残ったのは冷たい無表情だけ。
「何?」
「つまり嫉妬だろう? 俺と寝て、俺のガキ産んだ女に対する」
「ああそうだ」
は平然と肯定してみせた。
次いで何処か驚いたようなダンテを呆れたように見る。
「今更否定すると思ったか? お前が好きで、お前をそういう意味で愛してる自分を受け入れた時点で、こと恋愛においての羞恥心なんか捨てたさ」
でなきゃ誰が大人しく抱かれるかと、その愛する相手に閻魔刀を構えながら言う台詞ではないが、きっぱりと言い切った彼女は雄々しい虎のように優美だ。
何一つ恥じることなどないかのように背筋を真っ直ぐ伸ばしている。
良識を重んじる彼女がその境地に至るまでにどれほどの葛藤があっただろう。
ダンテは両手を顔の横に挙げた。
「Okay、わかった、俺の負けだ」
彼女の気が済むならば、少しばかり用を足すのが不便になろうと女を悦ばせるのができなくなろうと、目を瞑ることもやぶさかではないような気がしないでもない。
ダンテのこめかみを冷や汗が伝う。
やはり色々問題がある。
覚悟と男としての危機は別問題だ。
「……本当に斬るのか?」
「なあに、痛みは一瞬だ。私の腕も閻魔刀の切れ味も知っているだろう?」
身をもって知っているが、それは何の慰めにもならない。
的確に脚の付け根を狙ってくる銀の煌めきをバックステップで避ける。
は眉を寄せた。
「前言を撤回するか? 男らしくないぞ」
「同性愛の趣味はないからな」
今後長い人生を女として過ごすつもりはないというのがダンテの答えだ。
返す刀の切っ先を跳ね避ける。
いつものようにいくつも斬撃を重ねないのは、本気で去勢だけを狙っているということだろう。
宝石の色をした悪魔の目が不穏に輝いている。
「仕方ないな」
金属音を立てて刀が鞘に収められる。
諦めたかとダンテが安堵しかけた所で、は片足を引いて腰を落とした。
見慣れた構え方は彼女の敵意を表している。
「仕方ないってそっちかよ。戦う気満々ってことね」
「行動不能にすれば好き勝手できるからな」
にぃっと笑うにダンテも引き攣った笑みを返す。
腰には双子の愛銃、背に反逆の剣。
性別を変えたくなければ勝つしかない。
向かう相手は愛しの姉君。
過去の勝敗は五分五分。
かつてない緊張感の元、ダンテは武器を構えた。