White Wolves
じっと彼女は見つめる。
抜き身の刀を手に冷たい瞳で。
それは比較的常識人でありDevil May Cryの良心、みんなのお母さんと呼ばれるの唯一の悪癖と言える。
「……飼わないぞ」
ダンテは今にも飛びかからんとする姉を押さえるように低い声で一言呟く。
は対象から目を離さぬままに、それでも弟の注意に頷いた。
「ああ、わかっている」
「本当か?」
「もちろんだ」
そう言いながら彼女は刀を持たない方の手でコートの中から愛用の道具を取り出す。
使い込まれた木の柄は飴色に変色し艶を持っている。
しっかりと手入れをされているのか、長年使い込まれているのにそれは道具としての価値を一向に損なうことなくそこにある。
は獲物に跳びかからんとする肉食獣の瞳で対象を見ていた。
距離を目測、相手の速度と自分の脚力を計算し、逃げられないよう追い詰めるルートを探索する。
「だが、勝手について来てしまったら仕方ないよな?」
「駄目だ」
ついて来るように誘惑するのと勝手について来るのとでは大違いだ。
自分の持つ由来不明の対動物フェロモンを知りながらの発言は、さっくりとダンテに却下される。
これではいつもとは逆だ。
眉を寄せてがダンテの顔を仰ぐが、以前と比べると段違いに表情の乏しくなった彼からは何の反応も得られない。
「家に何匹いると思ってんだ」
は家にいる愛しい仔たちを指折り数える。
ケルベロスにベオウルフ、影に潜んだシャドウが少々。
ベオウルフは兎も角、ケルベロスは悪魔としては一個体だが三つの首がそれぞれ違う意思を持っているので、何匹と数えればいいのだろうか。
シャドウの数についてはも把握していないが、よく遊びにくる個体は2〜5匹だと思われる。
シャドウに関してはに飼っているつもりはなく、近所に住む野良扱いだ。
「正式には二匹だな」
時折ケルベロスは分裂するが。
だが姉の返答にダンテは頭を振った。
そうではない、彼女にとってはそうかもしれないが、事実とは異なる。
ダンテが言いたいことは、そうではないのだ。
「俺が聞いたのは悪魔の数だ」
ダンテとがデ悪魔を狩るのに使う魔具は、その殆どが悪魔だ。
死した悪魔もいれば、敗北に自ら膝を折った悪魔もいる。
或いは叩きのめされ調教された悪魔もいるが。
だが今度はが首を振る番だった。
「ベオウルフと閻魔刀以外は私のモノでない。大体はお前の持ちモノだろう」
傲然と悪魔を所有物扱いするのは、それに見合った実力と、魔具である悪魔からの畏怖や敬意があればこそだ。
幼い頃より従い今尚の手の中にある閻魔刀などは、主の言葉に喜びこそすれ反論など一切ないだろう。
ダンテの魔具は無数にあるが、転じて自身は先に挙げた二つ以外の魔具を持たない。
この二体は他の魔具の何よりもに対する忠義に厚く、彼らに応える形で彼女は他の魔具の使用を拒んだのだ。
「それに、壁に悪魔を貼り付いていたこともあるくらいだ。今更悪魔の一匹や二匹、増えても構わんだろう?」
一時期ダンテの趣向で壁に悪魔が生きたまま磔にされていたことがある。
ネロの情操教育に関わると、悪趣味なオブジェはの命で一月もしない内に撤去されたが、未だに話しに出る程度にはインパクトがあった。
その他半裸の金髪美女のポスターが貼られていたこともあるがそれもすぐに剥がされ、今は魔剣スパーダやアラストル等の魔具が飾られている。
留守中に盗まれても、痛い目を見るのは盗人の方だ。
常人に悪魔を、ましてや魔具に成り得る上級悪魔を平伏させることはできまい。
「構うに決まってんだろ……壁の飾りとペットは別だ」
デビルハンターの家に住み着く悪魔がこれ以上増えるなどと、冗談ではない。
悪意のない悪魔は放っておくに限るというのがDevil May Cryの経営方針だしダンテも姉が決めたそれに逆らうつもりはないが、それとこれとは別だ。
ダンテが何よりも気に食わないのは、が自分を意識する時間が減ることなのだ。
漸く息子のネロが自立したと思ったのに、空いた隙間を補うように新しい悪魔を飼われては堪ったものではない。
ましてや以前は可愛くないが可愛い実の息子だからダンテも我慢したが、今回は余所の悪魔だ。
確かに見目は好みだが、高々中級悪魔に姉との時間を割いてやるほどダンテは心が広くない。
「お前、まだ気付いてないのか」
はダンテに向かって思い切り呆れた顔を作ってみせた。
閻魔刀の刃先は下を向いたまま、もう片方の手で持っているブラシをくるくると回す。
バトンのように上へと投げ、回転しながら落ちてきた所を再び掴んで、目の前にいる二匹の悪魔を指した。
「よく見ろ、鎖が付いている。あれは使い魔だ」
ペットには成りえんと、は白い毛皮に覆われた狼型の悪魔に首を振った。
あれがなければ飼うのにと、ダンテは彼女の気持ちをその動作から読み取る。
流石に他悪魔の使い魔を奪ってペットにするつもりはないらしい。
「……だったら、そのブラシはなんだ」
「余所様の飼い犬だからってブラッシングしてはいけないという決まりはない」
真顔できっぱりとは言った。
ここで飼い主である悪魔を殺して二匹とも奪うと言い出さなくてよかったと、ダンテは密かに安堵した。
新しいペットを飼うつもりがないのならば、二人の時間が減ることはない。
この仕事が終われば一段落つき、久々にじっくりゆっくりと姉弟愛を深めることができそうだ。
どうやってかは言うまでもない。
R指定である。
「そうか……なら勝手にするといい」
ダンテはさっさと仕事を終えるために黒白の双子の銃を抜いた。
リベリオンを抜くまでもない相手だ。
だからは閻魔刀を鞘から出して遊んでいる。
彼女の本領は刀が鞘に収まっている時に発揮されるのだ。
一方の悪魔が狙いを定め、弾丸のように突進してくるのをダンテはくるりとコートを翻しながら避けた。
ダンスのステップを踏むように、古い石畳の町並みを靴底で鳴らしながら銃を構える。
硝煙と爆音、吐き出された鉛玉が悪魔の体に突き刺さり、白い毛皮を赤く斑に汚す。
生憎ダンテは動物に愛着を持たないが、弾丸と剣先でよければ撫でてやるのも悪くはない。