銀色の謎

朝食を作っていたは、騒がしい物音に顔を上げた。
車の排気音とタイヤが地面を擦るからして、大型トラックのようだ。
近所に引っ越しでもあったのだろうか。呑気に考えながらも悪魔の襲来という可能性を考えて愛刀を呼び出す。
片手に朝食の乗ったプレート、もう片手には日本刀を持ったままエプロン姿で彼女は姿に似つかぬ動作でドアを軽く蹴った。
朝食前の軽い運動になるかとぼんやり考えていたの目の前でフリルとレース、リボンの沢山ついた少女趣味の塊が業者の手によって搬入されていく。
トラックから荷物を運ぶ男たちを指揮するのは、大富豪の遺産相続に巻き込まれ、依頼人としてかつてここを訪れた小さな女の子だった。
の記憶が正しければ遺産を相続した同姓同名の女性に引き取られたはずだったが、何故ここにいるのだろうか。
そして何故生き生きと事務所の模様替えをしているのだろうか。
「あー! 違うそれはそっちよ! そうそう、そのカーテンも取り替えて!」
閑散とした暗い事務所がファンシーに埋め尽くされてゆく。
声を持たないは困ったように周りを見渡して、取り敢えず閻魔刀に姿を隠すよう命じた。
デスクの上に朝食を置くと、どうやら少女と一緒に来ていたらしいモリソンに近づく。
「おはよう、今日も早いな」
こくりと答えるように頷き、メモにペンを走らせる。
【おはよう。これは一体どういう状況だ?】
「俺に聞いてくれるなよ。パティお嬢様のご命令だ」
大げさに肩をすくめて笑う様子からモリソンが面白がっているのはわかったが、はそれを咎めず苦笑を返した。
その間にもぬいぐるみが配置されデフォルメされた動物が我が物顔で壁に並んでゆく。
「あっ、じゃない! どうこれ! かっわいいでしょ?」
子どもと動物は自分に優しい人を見抜くというが、自分より弱い者には基本的に甘いはよく懐かれる。
母を亡くしているせいか、パティも自分に優しいに懐いていた。
【その前に、おはようは?】
「おはよう! ねねっ、いい感じじゃない?」
楽しそうにくるくる回るパティにも目を細める。
以前はシンプルな上着にズボンという機能性を重視した服装に、赤いキャスケットを被っていたが、今日はウエストと首元をベルベットの赤いリボンを締めたピンクのドレスに赤い薔薇のコサージュで飾ったヘッドドレスを付けている。
【ああ、いいんじゃないかな。パティも可愛いよ】
「うふふ、そぉーお?」
女性二人が楽しそうで何よりだ。
モリソンはぬいぐるみに占拠されたソファに座って、叩くと音の鳴る大きなパンダの頭に手を乗せた。
二階のドアが開いて手すりからネロが顔を出す。
事務所をぐるりと見回し、しかし母親とは違いこちらは顔を不快気に顰めた。
「おはよう母さん、モリソン。で、これなに?」
「これって何よ失礼しちゃうわ! 折角私が飾ってあげたのに!」
「どう考えても合わねーだろーが! 誰がこんなファンシーな空間喜ぶんだよ!!?」
「あら、汚いだけよりましじゃない!!」
やモリソンが何か言う前にパティがネロに噛みついた。
きゃんきゃんと言い争う二人に、子犬か何かを見守るように微笑ましい顔をしているは流石Devil May Cryの影の店主である。
受けている仕事数は表の店主であるダンテよりも断然多いのは、この店の関係者なら誰でも知っている。
「あ、そうだわ! 私も飾ってあげようと思ってたのよ!」
ネロとの言い合いに飽きたのか、パティが唐突に言い出した。
名指しされた本人は緩やかに首を傾げ、モリソン、ネロ、パティと順繰りに視線を移し、もう一度首を傾げた。
「折角美人なのに勿体ないわ! 女の子は何歳になっても女の子なのよ! 可愛くしなくっちゃ!!」
白いワイシャツはボタンを上から二つ外し袖を肘まで捲っている。
すらりと長い脚は黒のパンツに包まれ細い腰元を強調するように革のベルトを合わせ、足元は武骨なブーツに保護されている。
シンプル服装は長身で凹凸のはっきりした彼女によく映えている。
今着ている青いエプロンを脱げばの普段着になるのだが、パティにはその飾り気のなさが気に入らないらしい。
「まずはその髪型ね!」
は指摘されて自分の髪に触れた。
家族と同じ銀の髪は、女性であるということから一人だけ長く伸ばしていた。
前髪は片方を掻き上げ片方はアイスブルーの瞳を隠さない程度に無造作に降ろされている。
背中の半ばまである後ろの髪は、下の方で一つに括られている。
光に透かせばそのまま溶けてしまいそうな髪はそれだけで美しいが、少女にはそれさえも勿体ないと感じられてしまう要素の一つようだ。
手に色とりどりのリボンや髪飾りを持ってに迫る。
どうにかパティを宥めようとするも、暴走した彼女は止まり様がない。
声が出ないのでメモで言葉を伝えようとするが、勢い付いたら一直線、少女の視界に不都合な物など写りはしない。
「可愛くしてあげるから楽しみにしてね!」
一番楽しんでいるのは君だと思うよ、パティ。
「いやぁ、お嬢ちゃんを連れてくると面白いものが見られるなぁ」
ハッハッハッじゃないモリソン、お前は後で覚えておけ。
「おいパティ、母さんが困ってんだろ。ほどほどにしろよ」
息子よ、嬉しいけれど決してとめてはくれないんだな。
あとそれはお前の分だが、ここで朝食を食べ始めるのはどうかと思う。
が人間関係に関して思い悩み始めると、目敏いパティがその憂い顔を覗き込む。
「嫌だった? 迷惑?」
寂しそうな顔が演技だとわかっていてもは狼狽してしまう。
パティの顔に小さい時のダンテが重なった。
生きることに必死であまり我儘を聞いてやれなかった。
今は好き勝手やっている馬鹿の見本みたいな男だが、小さい時は泣き虫でそりゃもう可愛かったものである。
は過去を悔みながら首を振った。
可愛いものは好きだし、自分の身を飾るというのも女性として嫌いではない。
ただ、パティの用意したふりふりレースが似合うかは別として。
「じゃ、問題ないわよね! 座って座って!」
階段の段に座らせられると、パティはその少し上の段に腰を下ろした。
身長差を階段で埋めるつもりらしい。
彼女ではがソファに座っていても髪の毛には届かないだろう。
括っていた髪をほどき、パティはまず上から下へとブラシを通した。
引っかかる所のない滑らかな指触りは、パティが最近知った絹糸やベルベットのリボンに似ている。
「いいなー、の髪は真っ直ぐで」
パティは猫っ毛でふわふわとした髪質をしている。
自分の髪色は気に入っているが、ブラシを掛けるとすぐに絡まってしまうのが密かな悩みだ。
孤児院にいた子どもたちの誰よりも艶やかで真っ直ぐな髪はパティを夢中にさせた。
「そうやって髪を下ろしてるとやっぱりダンテと似てるな」
何が楽しいモリソン。
だからハッハッハッじゃねーよ。
とネロは血の繋がった男の顔を思い浮かべ、揃って渋い顔をした。
【パティの髪の方がいい。私のは少し厄介】
その言葉の意味がわかったのは、パティがリボンやヘッドドレスをに着けようとした時だった。
「何これ……」
滑る。
とにかくひたすら滑る。
ヘッドドレスもリボンもそのまま着けようとすると、するすると落ちてしまい髪に留まらない。
ヘアピンですら上手く留まらないとはこれいかに。
これは確かに厄介だ。
パティはの言葉の意味を思い知った。
「前髪とか、あれどうやって後ろにまとめてるの?」
【根性】
簡潔かつどうしようもない答えである。
そうか根性が足りないのかとパティは項垂れた。
実際は魔力で固めているのだが、魔力のないただの人間であるパティにはどの道無理な話だ。
半人半魔の魔力の無駄遣い、ここに極まれり。
結局パティはいつも通りに括った(これも実は魔力で固めている)髪ゴムの上に大きめのリボンを結うことで妥協し、ダンテの分のストロベリーサンデーをの膝の上で食べて満足することにした。
ダンテが事務所に現れるまであと10秒。