獅子王起つ
平日の昼間ともなれば、高校生組は学校生活を満喫し、サーヴァントたちもそれぞれバイトや家事に勤しんでいる。
よって今衛宮家の居間にいるのはセイバーとの二人きりだった。
女性ながらも剣を扱い凛とした空気を纏う二人は、他の住人がいない静かな家を満喫していた。
純和風の武家屋敷に何処からどう見ても外国人な二人は、しかし浮くどころか家の楚々とした雰囲気に調和していた。
「そういえば」
「はい」
は流し読みしていた雑誌から顔を上げ、緑茶を啜っていたセイバーに話しかける。
「パジャマなどはどうしている? やはり凛ちゃん辺りから譲ってもらっているのかな」
「パジャマ、ですか?」
「寝巻や部屋着と言った方がわかりやすいかな?」
「いえ、大丈夫。わかります」
は雑誌のページを開いたまま目の前の机に乗せる。
「何か気になることでもありましたか?」
「いや、これなんだが……」
すいっと、開いたままのページがセイバーの前に差し出される。
ファッション雑誌の類らしい。
開かれた部屋着特集とポップな文体で印字されたページに促されるままセイバーも目を通す。
ワンピースにパーカーやショートパンツのような物から、ネグリジェや一般的なパジャマ、果てはベビードールにバスローブまで様々な物が並んでいる。
しなやかな指がそのページのある一点を指し示し、翠緑の瞳がそれを追った。
「こ、これは……!」
「今はこういう物もあるらしい」
愛らしい顔を驚愕に染めるセイバーにさもありなんとは頷く。
彼女も日本からは離れた身、今時のファッションに詳しいわけではなく偶々凛が置いて行った雑誌を見ていた時に発見したのだ。
驚くセイバーの気持ちはにもよくわかった。
「なんと素晴らしい! いや、ですが……」
「そう、これには難点が二つほどある」
驚嘆から一転、真剣な表情で雑誌を挟んで向かい合う二人。
軍議の様な空気は、穏やかな昼下がりには少々相応しくない。
セイバーは雑誌から顔を上げて背筋を伸ばす。
問題点は二つ、だがセイバーにはそのどちらも解消する術がない。
だが彼女ならば、衛宮士郎の姉にして死徒狩りのフリーランスであるならば。
騎士王の真っ直ぐな視線を受けて、もまた背筋を伸ばした。
青と翡翠が絡み、互いの意思を伝え合う。
「どちらも克服できる。だが、君の協力が必要だ」
「わかっています」
本来バローダには関係のない話だ。
聖杯戦争にマスターとして参加したわけでもなく、魔術師でもない彼女が、セイバーの世話を見る理由などない。
聖杯戦争が終了したのちも何故が現界しているセイバーの生活の大部分はの収入に頼っているが、それとてすべては彼女の好意によって行われている。
故にセイバーが協力を惜しむことはない。
ましてや今回は――今回も、というべきか――セイバーの為に成されることに対して力を貸さないなどというのは仁義に悖る。
「アーチャーにも応援を頼むとしよう」
は徐に携帯を取り出すと、そそくさとメールで指示を出す。
元来家事以外では不器用な指先は、この時ばかりは素早く動いていた。
数分もすれば存外姉を好いている弟の成れの果ては、メールの指示に従った上で衛宮家に現れるだろう。
「さあセイバー、準備をしよう」
「はい、」
がたりと、二人は立ち上がり家の奥へと進んでゆく。
机の上に二つの茶碗と雑誌、珍しく食べきられなかった茶菓子が残された。
その日、バイトがなく友人であり生徒会長の一成に備品の修理を頼まれることもなかった士郎の帰宅は遅くはなかった。
玄関に入って早々、いつもよりも騒がしい我が家を疑問に思いながらも士郎は靴を揃える。
「ただいまー」
居間にいた全員の視線が士郎に向かう。
「おかえり、士郎」
「おっかえり〜!」
姉二人の対照的な笑みに士郎もゆるりと笑う。
は穏やかに、大河は溌剌と、帰ってきた弟を迎える。
「おかえりなさい、先輩」
「お邪魔してるわ」
最早家族と言ってもいいほどこの家に出入りしている姉妹が士郎に笑いかける。
この二人と、今日はバイトでいないもののよく桜と共に訪れるライダーのお蔭でこの家の女性人口密度が上がるのだが、みんなが楽しそうだからいいかと思えるのが彼のよい所だ。
だがそろそろ食費の徴収はすべきである、主にあかいあくまから。
そのあかいあくまを主に持つ未来の可能性である摩耗した赤いサーヴァントは腕を組んだまま士郎を一瞥した後、すぐに顔を逸らした。
士郎も顔を顰めるが何を言うでもなく視線を他に移した。
「おかえりなさい、シロウ」
最後に声をかけたのは士郎のサーヴァントであり最優のクラスを誇るセイバーだった。
姿は小さいながらも凛々しい騎士は、いつものシャツとスカートというシンプルながらも清楚な姿ではなかった。
では戦闘時の武装かと言われればそれもまた違う。
藤村大河という何も知らない一般人がいる場で武装はまずありえないし、たとえば鎧を解除した青いワンピース姿であれば士郎も何かあったのかと目を剥く程度だっただろう。
だが、彼は今固まっていた。
唖然と、目の前のものを、自分のサーヴァントである美しい少女を凝視して、固まっていた。
「? どうかしましたか、シロウ?」
少女が首を傾げると共にもこもこした物が揺れる。
湯気の立つ茶碗を持つ手は触り心地の良さそうな黄色のフリース地の布に覆われ、さらにそれは全身に及んでいる。
全体的にゆったりとした作りになっており、顔の部分は露出している。
頭に被ったフードにはつぶらな愛らしくデフォルメされた獣の顔が縫い取られ、茶色の丸っぽい物体は鬣のつもりなのだろう、頭から顔のサイドまでをもこもこと象っていた。
後ろにはぴょこんと紐製の尻尾がくっ付いている。
「そ、それは一体……」
ふるふると震える指がゆったりとした着ぐるみを纏ったセイバーを指す。
その造形は某有名ドーナツ店のマスコットキャラクターであるライオンによく似ていた。
「ライオンの着ぐるみパジャマです」
えっへんと、セイバーが胸を張る。
着ている物と相まって、凛々しさよりも愛らしさや微笑ましさが先立つ。
「市販の物では中々いいデザインもないし割高でな。私とアーチャーの共同制作だ」
和やかに告げたのは急須を持っただった。
立ったままだった士郎が姉に促されて座ると、前に温かい煎茶を差し出され、思わず受け取る。
口に運ぶと舌の上に適度な苦みと仄かな甘みが広がり、緑茶特有の神経を落ち着かせる香りが鼻腔を満たす。
デザインはセイバー、採寸は、裁断と縫製はとアーチャーの共同作業だ。
作成者だけを見れば概念武装でも造り出しそうな勢いだが、実際にできた作品は着ぐるみパジャマである。
「私も突然メールで『生地を買ってこい』と送られてきた時には何かと思ったがな」
満更でもない様子でアーチャーはセイバー、正しくはセイバーの着ている着ぐるみパジャマの出来を見ている。
そんな所で無駄に鷹の目を使うな英霊。
「すごいよね〜、売り物みたい!」
はしゃぐ大河の横でうっそりとが笑う。
彼女もその出来に満足しているのだろう。
褒められて悪い気はしないようだ。
「なんでそんなもん」
一息ついて落ち着いたのか、今度は呆れた視線を送る。
無論、相手はセイバーやでなくアーチャーだ。
対するアーチャーは士郎の視線など知ったことなくしれっとお茶を飲んでいる。
「いいじゃない、可愛いんだし」
フォローするつもりはないのだろうが凛は茶菓子に手を伸ばしながら軽い口調で笑った。
桜もその隣で姉の言葉に頷き同意を示す。
世の大半の女性は時代に関係なく可愛い物、愛らしい物を好むものだ。
「そういうことだ」
したり顔で言うアーチャーに鋭い視線を飛ばすが、楽しそうな女性陣に士郎は緑茶と共にため息を飲み込んで笑った。
一周年リクエスト企画「Fateでほのぼのorギャグor甘」yuka様