えみやけおかわり!

ある日、義姉が人を俵担ぎして帰ってきた。
しかも気絶している体格の良い男性を。
あまりのことに出迎えた士郎は口をぱくぱくと金魚のように開きながら言葉を失い、台所で食器を片づけていた桜は拭いていたコップを取り落とし、セイバーと大河は驚きに目を開きながらもふもふとどら焼きを頬張り続けた。
は各々の反応をぐるりと見回して、未だ固まる義弟に視線を止めた。
「士郎」
「っはい!」
つい大きくなった返事に他の三人も我に返る。
虎とライオンは変わらずどら焼きを食べ続けているが。
桜は割れたコップを片づけようと箒を取りに行く素振りを見せ、だが話が気になるのか結局動くかずその場に立ち止まった。
四人が見つめる中、が爆弾を投下した。
「お前の義兄になる、空き部屋を用意してくれ」
沈黙。
一瞬後に声が爆発した。
「えー、ちゃんったら結婚しちゃうの!?」
そんなの早すぎる!と吠えるのは口の周りにどら焼きの滓を付けた未婚どころか男の影すらない冬木の虎だった。
のじっとりとした目にも負けないどころか一切気にしていない辺りが大河らしい。
吠える大河に何を言っても無駄と悟ったか、彼女は担いでいる男の頭を無造作に掴んで三人に見えるように持ち上げた。
「これは私の双子の弟だ。名前はダンテ」
掴み上げられた髪は銀色、目鼻立ちのくっきりとした英霊たちに勝るとも劣らぬ眩い相貌は、男女の差はあれどもとの血縁を感じさせられるには十分な程に似ていた。

ダンテは驚くほどあっさりと衛宮家に溶け込んだ。
士郎たちからすれば、そもそもサーヴァントたちが大勢いるのだから如何な半分悪魔で異世界人だろうと今更だったし、身内の身内はやはり身内という精神が働いた。
ダンテの方も悪魔のいない世界というのはかなりの違和感があったが、それよりも半身である姉に会えたという喜びの方が大きく、明るい性格のお蔭ですぐに馴染むことができた。
「俺さぁ、あっちに家族っていなかったわけよ」
縁側でぼんやりとしているダンテに士郎がお茶を差し出すと、何ともなく彼は口を開いた。
これは自分への言葉なのかと、士郎は立ち上がりかけた中途半端な格好で少し考えて、ダンテと間を開けた隣に腰を下ろした。
ダンテは庭を見ながら話し続ける。
「親父は俺らがちっせー頃にいなくなるし、母さんは死んじまうし、姉貴もその時にいなくなっちまってさ、俺てっきり死んだと思ってたんだぜ?」
彼らの事情は士郎も詳しくは知らない。
義姉が多くを語ろうとしないからだ。
彼自身、十年前の大火事をあまり話したいとは思えないので、が話したがらないことを無理に聞き出すことはないだろうと考えている。
ただ彼らが異世界から来たということは知っていた。
しかし母親を亡くしていることは初耳だった。
「なのにこっちに来たら姉貴は生きてるし、義弟が二人に義妹が一人、あ、タイガって義姉になるのか?」
「いや、それはどっちでもいいけど……義弟ってまさか……」
「ん? シロウとアーチャー」
「なんでさ」
口で言いながらも士郎は理解している。
アーチャーがエミヤシロウの成れ果てならば、彼もまた義弟というの言葉に従ったのだろう。
姉が大好きな彼は、目覚めてを見た途端、最初からその場にいた四人に加えて途中から現れた赤主従とライダー、計七人の観衆の前で大泣きしながら全身を使って抱きついてみせた。
直後にアーチャーが夫婦剣を投影したなどのごたごたは割愛しておこう。
ダンテはランサーと性格が似ているせいか、彼の弓兵とは相性があまりよろしくないらしい。
二人とも赤いのに。
そんな相手を義弟と言ってのけるのだから、彼が何を考えているのか士郎には全くわからない。
が家族って言ってんだから俺の家族でもあんだろ」
撤回。
彼の思考は至ってわかりやすかった。
彼にとっては気に食わなかろうとも、姉が家族と言ったら家族なのだ。
わかりやすい。
「でもアーチャーがにベタベタしてっとこ見るとむかつく」
ダンテは唇を尖らせる。
言っていることや表情は子どもっぽいのに空色の目だけがひどく冷めた光を宿していて、彼の孤独であった十年間を思わせる。
といる時は明るい色をしているのに、彼女がいない場所ではふとした瞬間冷たい色に変わる。
それは士郎にはとても見覚えのある光景だった。
「そういうとこ、ねえとそっくりだな」
氷色の瞳は、時折誰一人として寄せ付けない絶対零度の冷気を帯びた。
怒っているのではなく、悲しんでいるのでもなく、ただ温度だけが欠落するのだ。
家族になった当初から彼女は時々そんな目をするので、ここに来るメンバーの大半は心配していたのだ。
ダンテが来るまでは。
ダンテは言葉の真意を問う様に士郎に視線を向ける。
「ダンテが来るまで、ねえも時々そんな目してたよ」
「……双子だからな」
皮肉気でなく穏やかで優しいダンテの笑顔を、士郎は初めて目にした。
それはやはりの笑い方に似ていた。
血の繋がりを感じさせる二人に、士郎は少しの疎外感を味わう。
「あ、でもまだ義妹は増えんのか」
さも今思いついたと言わんばかりにダンテは士郎に悪戯っぽく笑いかけた。
増える義妹の意味に気付いた士郎がダンテに喰ってかかる。
「何言ってんだよ! 結婚とかまだ早いに決まってんだろ!!」
「シロウもてもてじゃねーか。相手には困んないよなー」
「だから人の話を聞けって……!!」
「義妹はいいけど、当分義兄はいらねーなぁ」
士郎の反応を楽しむように、しかし語られた言葉は彼の掛け値なしの本音だった。
折角会えた半身が誰かの物になるなど、考えたくはない。
「まず、俺より身長が低い兄貴はヤダね」
「な、なななななななにを……」
にやりと笑って牽制。
淡い恋心に釘を打つ。
本人にも自覚はあるのかそれとも唯の姉弟愛と思っているのか、顔を真っ赤にした士郎は何か言おうとして、けれども顔を逸らした。
立ち上がり奥へと早足で去ってゆく背を楽しげに見送り、ダンテは温くなった緑茶に口を付けた。
見上げた空は雲一つない快晴の青。
「だからさ、姉貴はお前にもやんねーよ、アーチャー」
「……気付いていたのか」
「なんとなくいそうだなと思ったんだけど、本当にいたのか」
悪びれずに鎌を掛けたというダンテに、霊体化を解いて姿を見せたアーチャーは何とも言えずに黙った。
どちらが悪いと聞かれれば、確実に姿を消して盗み聞きしていたアーチャーの方が悪いのだ。
気を抜いていたとはいえあっさりと鎌掛けに引っかかった事実にバツが悪くなる。
庭に立っていたアーチャーは胸元で組んでいた腕を解いてダンテの横、士郎がいた反対側に座る。
雪はなくとも未だ風が吹くと肌寒い季節、降り注ぐ日差しが暖かい。
そういえばと、アーチャーは唇の端を上げた。
「私は君より身長が高いが?」
「ふざけんな」



一周年リクエスト企画「Fateの世界にダンテが来て、士郎&アーチャーvsダンテで夢主の取り合い」無名様