夢幻の剣製 −1−

は門の前で立ち尽くしていた。
何度も門にかかる表札に書かれた文字を確認しては、首を傾げる。
衛宮と書かれた文字は何度見ても変化しない。
広大な武家屋敷は確かに彼女の帰るべき家に間違いないのだが、に二の足を踏ませているのは中から感じる気配だ。
結界越しであろうと中の気配は感じられる。
人数が多いのはこの際置いておこう。
高校生の義弟の友人が遊びに来ているという可能性がある。
だがその中でもあからさまに人間でない気配が平然といるのはどういうことだろうか。
結界に弾かれていないということはそれなりに力のある存在なのだろう。
その気配が悪魔や死徒ではないというのが感じ取れるのが唯一さいわいだった。
「……まあ、いいか」
義弟も気にしていないようだし、悪いものではないだろう。
は呼び鈴を押すことなく――家に帰るだけなのだから必要ない――戸を横に引いた。
「ただいまー」
そう大きな声ではなかったが、居間には届いただろう。
パタパタと軽い足音で玄関までやって来たのは、見知らぬ金髪碧眼の少女だった。
涼やかながら愛らしい顔立ちは、姿を認めると同時に険を孕んだ。
「……どなたですか?」
凛とした声は固く、の存在を警戒していることを示している。
「どなたと言われてもなぁ……」
それはこちらの台詞だと言い返したくなる。
目の前の少女は、気配からして人間ではない。
幽霊などよりはもっともっと上位の存在だろう。
そんなモノが何故堂々と屋敷の中を歩いているのか。
「衛宮士郎は在宅か?」
大体は義弟が知っているだろう。
の言葉はそう思ってのものだったのだが、どうやら少女の警戒ラインに触れてしまったらしい。
「シロウに何用か」
少女はキッとを睨みつけ、毅然とした口調で問いかけた。
ただ問うというよりかは詰問に近かった。
答えによっては容赦しないと瞳が告げている。
おやと、は眉を跳ね上げた。
どうやらこの少女の姿をしたナニカは害を与えるどころか弟を守っているようだ。
もちろん獲物を盗られるまいとしている悪質な何かの可能性も残っているが、さっさと襲い掛ってこない所を見るとそう悪いモノではないと思える。
「何って「おーい、セイバー? 誰だったんだ?」
答えようとしたの言葉を遮って声が聞こえた。
セイバーと呼ばれた少女が振り返ると同時にが廊下の奥を覗き込む。
赤銅色のツンツン頭が、食器でも洗っていたのか濡れた手をエプロンで拭いながら歩いてくる姿があった。
「シロウ、貴方は下がっていてください!」
鋭く声が響く。
少女の纏っていたブラウスとスカートが、青いドレスと銀の甲冑に変化した。
手には何も持っていないのに、ひどい威圧感を感じる。
手に持っているらしき何かを正眼に構える姿から、少女が戦うためにある存在だとは見て取った。
凄烈な気合を込められた小柄な立ち姿は美しい。
「セイバー!?」
突然の行動に驚きの声を上げたのは士郎だった。
まだ玄関から上がってきていないようで、相対する者の姿はセイバーの影になっていて見えない。
騒がしさとぴりぴりした空気に気づいたのだろう、居間からさらに何人かが飛び出してきた。
「ふむ」
としては戦うこと自体は別にいいのだが、ここでというのは少々困る。
不器用な自分には玄関を直すなどできないし、かといって弟にそんな手間をかけさせるのも可哀想だ。
「私が何者かと聞いたな」
廊下にいる士郎がその声に目を見開いて、頭を抱えた。
聖杯戦争という慌しい期間を乗り越え、何もかもが終わった気になっていたがそうではなかった。
士郎がつい現実逃避に居間に視線を向けると、何事かと構える凛の背後でアーチャーがこちらも目を見開いて玄関を見ていた。
褪せた鋼色の瞳によぎったのはどんな感情だったか。
突き刺さるいくつもの視線をものともせず、彼女は堂々と名乗り上げる。
「私は・S・衛宮。士郎の義姉だ」
彼女の言葉はその場を凍りつかせるだけの効果を持っていた。